2004年03月
2004年03月06日
紀ノ川河川整備計画素案に対する意見書
堰の修改築について
紀ノ川大堰を皮切りに岩出井堰の全面改築、藤崎、小田井堰と修改築の計画が素案に盛られている。ここでは岩出井堰の全面改築について述べることにする。その前に紀ノ川において、治水、利水上最も大事であるとの主張から建設された紀ノ川大堰と大滝ダムについて言及する。
先ず、治水目的が全く見えてこない大滝ダムは自然、人的環境破壊だけをもたらした運用の目処が立たない、戦後のダム公共事業の汚点の代名詞になりつつある欠陥ダムとして全国の注目を浴びている。機能不全に陥っている大滝ダムに付いて問題点を指摘すると共に今後のダム建設への貴重な警鐘になることを願って述べる。
大滝ダムは近年事業費最大規模のダム工事として長い年月を要し周到な準備の下で行われた。そのはずの工事が欠陥工事であったというショッキングな出来事が、こともあろうに当時からの地滑り警告をずっと無視してきての惨事だっただけに驚きと怒りが交差する全国注目の的になったといえる。私は、第16回「紀ノ川流域委員会」でこの地滑り事故は「人災である」と強く主張した。
早速の調査検討委員会の対処は兎も角として、国土省は2月7日再び驚きと怒りが交差する6年の対策工期延長と約270億円の費用増額の発表を行った。対策を施工するには工期と予算は付き物である。しかし、怒る理由はと言えば、この時に注目しなければならない国土省の見解表明、特定多目的ダム法を盾に取り各自治体が割り当て金額を飲まなければ水利権を喪失すると脅し文句を付言していることである。近年、国は、河川は国民の財産であると公に宣言している。であればこの台詞はおかしい。
最近の暴力団でもこの類の台詞は使わない。もっと上品に言ってのける。とすれば、国土省のこの脅しは国民を愚弄している省庁に有るまじき発言との誹りを免れないといえる。これらの注目度日本一の大滝ダムは1962年の着工から計画変更を繰り返し、工事予算も230億円から3480億円に膨れ上がりさらに対策費用の増額270億円である。一旦膨れ続けた大滝ダムは止まることのない増額を繰り返しその都度国民を脅し続け、全てを破壊し続けることになりはしないか。近年の本体工事着工から地滑り対策工事の一連の費用と工期を考えれば自ずとこのダムの非効率性が浮かび上がってくる。約半世紀致命的に近い洪水がない紀ノ川河川においてその効用が幻かしつつあるにも拘らず、工事を続けなければならないほど非生産的なことはない。
戦後日本の復興に伴い森林、 河川の整備が進められてきた。戦後度重なる台風の被害時とは明らかに整備状況が違うことは明々白々のことである。当流域委員会において徹底した比較協議はされなかったがそれは今日の常識化した見解があったものと理解できる。旧工事実施基本方針での迷信的基本高水に基づく机上の空論に振り回されている時代ではないことは、当の整備局と紀ノ川流域委員長が一番理解しているはずである。
次に、全く利水目的を失くした空手形の紀ノ川大堰について述べる。この大堰は、景観、環境破壊だけをもたらして昨年仮運用に漕ぎ着けた。実に計画から約30年後の完成である。しかし紀ノ川大堰の本格運用については全く先の見通しがついていない。それは新六ヶ井堰の撤去と主目的である大阪府への分水を可能にする導水路工事の計画がないことである。これは大阪府の水需要の減少に伴う現実の問題として浮上している。水利権だけを主張して計画を先延ばしすれば、国土省の常套キャッチフレーズ「万が一の水不足の為に確保しておく」ことにはならない。
だからと言って目的の適正判断がない工事は着工できないだろう。要するに紀ノ川大堰は河口に仁王立ちする公共事業の箱物でしかないということである。和歌山市での住民説明会において、紀ノ川大堰の大義は洪水対策の治水目的であると説明したが、時間が経つと目的も変わる。大滝ダムと紀ノ川大堰がなければ和歌山市が水没するという洪水警報を今時鵜呑みする善良な市民はいない。その時の都合論でしかない国土省の説明は国民すべからく承知していることである。ここに紀ノ川大堰と大滝ダムを列記したことの意味は、如何に長年の工期と莫大な事業費が時代の推移と共に無用の長物と風化してきたかを知ることにある。そして紀ノ川河川整備計画素案にあげられている堰の改修について示唆するところ大であると考え極簡略的に述べたものである。
「紀ノ川流域委員会」のキーワード「てもどりのない計画」とは
紀ノ川流域委員会の目標とする修改築工事の提言は、委員長自らが都度主張している、「てもどりのない工事」である。この考え方が岩出井堰の場合は全面改築になる。要するに列記した2つの堰と同じあらゆる周辺状況を無視した巨大工事として計画される。
岩出井堰の全面改築の必要性は流域委員会で治水上の観点ら説明があったが、その他の視点、利水、環境、景観からは全くといって良いほど審議されていない。治水上での土砂堆積が問題視され、もう一つは老朽化によるものであった。近年日本の河川状況での堆砂問題は日増しに深刻化している。昨年6月の黒部川の連携排砂は富山湾に深刻な漁業被害を与え話題になった。専門家は湾そのものがダムの湖底と同じヘドロかする、その解決策は排砂ゲートの常時解放しかないと指摘している。また、土砂堆積問題と老朽化を抱えた九州球磨川の荒瀬ダムは昨年日本初になる「ダム撤去」を決定した。
要するに、土砂堆積の解決方法はゲートの常時解放もしくは堰の撤去でしかないということである。話を岩出井堰に戻せば、整備局は土砂堆積による流量障害を理由に固定堰の撤去と全面改築による可動堰が一番望ましいてもどりのない工事計画だと説明する。しかし、指摘のあるように常時解放が望ましいのであって可動堰にしなければならない根拠は何処にもない。整備局の根拠は150年に1回の洪水対策上てもどりのない大規模全面改築岩出井堰の計画が妥当だと飽く迄も主張する。現実の問題に戻そう。そもそも周辺の要望がない公共事業で起業主が決まっていない。事業費の概算も知らされていない。
また、紀ノ川の水需要の実態を現実に把握して、堰周辺の水利用の現状認識を先ず行わなければならない。さらに環境、景観についての徹底した協議に基づく計画案でなければ「素案」としても意味がない。従って、全面改築案は「廃案」にしなければならない。「素案」にしても議論は深まっていないというよりも、計画そのものが脆弱すぎる。
40年前ならいざ知らず、てもどりのないという発想は今日の環境面、財政面を考えれば余りにも拙速的な考え方と言わざるを得ない。現実の必要性から実現可能な工事計画はたくさんある。洪水対策で行わなければならないことは、先ず堤防の強化策、必要やむを得ない場合の堤防の嵩上げ、狭窄部の改善、掘削と現在の土木技術で出来ない洪水対策はない。それともあらゆる困難な問題を強行突破して計画から30年後の無用の長物を造るか、考えなくても判断できる選択肢である。同じ轍を踏まない為の当委員会である。同じ轍で思い出したが、大滝ダムの地滑りは正に大迫ダムでの大型地滑りの教訓を全く生かしていない。
当流域委員会は同じ過ちを繰り返さない為に初めての市民参加に基づき行っている。旧委員会で行った行政指導の旧河川法では立ち行かなくなった現状をもう一度真摯に振り返り今後の河川管理に活かしていかなければ元の木阿弥になる。
最後に堰建設で問題を提起した吉野川第十堰可動堰の結論がでた。「可動堰以外のあらゆる方法を抜本的に検討する。」というものである。00年1月徳島で行われた住民投票の9割が可動堰に反対した。その背景の一つに、徳島の住民の方が紀ノ川大堰を見学して絶対にこのような可動堰を建設させてはならないと決意したことがある。
それから時間を掛け、多角的な議論を経て先日、県知事の判断が下された訳である。これを教訓に今度は和歌山県民が徳島の英断に見習い岩出井堰の全面改築を一から見直ししなければならない。結論として、当流域委員会が目指すところの「てもどりのない計画」は将来的に治水、利水、環境に私達の想像以上の弊害を及ぼす。従って、現井堰を置いて緊急、応急に治水、利水、特に環境における景観を配慮した改修を再検討しなければならない。
以上が素案に盛られた堰改修における、岩出井堰全面改築を見直す意見書である。
紀ノ川流域委員会委員 岩畑正行
紀ノ川大堰を皮切りに岩出井堰の全面改築、藤崎、小田井堰と修改築の計画が素案に盛られている。ここでは岩出井堰の全面改築について述べることにする。その前に紀ノ川において、治水、利水上最も大事であるとの主張から建設された紀ノ川大堰と大滝ダムについて言及する。
先ず、治水目的が全く見えてこない大滝ダムは自然、人的環境破壊だけをもたらした運用の目処が立たない、戦後のダム公共事業の汚点の代名詞になりつつある欠陥ダムとして全国の注目を浴びている。機能不全に陥っている大滝ダムに付いて問題点を指摘すると共に今後のダム建設への貴重な警鐘になることを願って述べる。
大滝ダムは近年事業費最大規模のダム工事として長い年月を要し周到な準備の下で行われた。そのはずの工事が欠陥工事であったというショッキングな出来事が、こともあろうに当時からの地滑り警告をずっと無視してきての惨事だっただけに驚きと怒りが交差する全国注目の的になったといえる。私は、第16回「紀ノ川流域委員会」でこの地滑り事故は「人災である」と強く主張した。
早速の調査検討委員会の対処は兎も角として、国土省は2月7日再び驚きと怒りが交差する6年の対策工期延長と約270億円の費用増額の発表を行った。対策を施工するには工期と予算は付き物である。しかし、怒る理由はと言えば、この時に注目しなければならない国土省の見解表明、特定多目的ダム法を盾に取り各自治体が割り当て金額を飲まなければ水利権を喪失すると脅し文句を付言していることである。近年、国は、河川は国民の財産であると公に宣言している。であればこの台詞はおかしい。
最近の暴力団でもこの類の台詞は使わない。もっと上品に言ってのける。とすれば、国土省のこの脅しは国民を愚弄している省庁に有るまじき発言との誹りを免れないといえる。これらの注目度日本一の大滝ダムは1962年の着工から計画変更を繰り返し、工事予算も230億円から3480億円に膨れ上がりさらに対策費用の増額270億円である。一旦膨れ続けた大滝ダムは止まることのない増額を繰り返しその都度国民を脅し続け、全てを破壊し続けることになりはしないか。近年の本体工事着工から地滑り対策工事の一連の費用と工期を考えれば自ずとこのダムの非効率性が浮かび上がってくる。約半世紀致命的に近い洪水がない紀ノ川河川においてその効用が幻かしつつあるにも拘らず、工事を続けなければならないほど非生産的なことはない。
戦後日本の復興に伴い森林、 河川の整備が進められてきた。戦後度重なる台風の被害時とは明らかに整備状況が違うことは明々白々のことである。当流域委員会において徹底した比較協議はされなかったがそれは今日の常識化した見解があったものと理解できる。旧工事実施基本方針での迷信的基本高水に基づく机上の空論に振り回されている時代ではないことは、当の整備局と紀ノ川流域委員長が一番理解しているはずである。
次に、全く利水目的を失くした空手形の紀ノ川大堰について述べる。この大堰は、景観、環境破壊だけをもたらして昨年仮運用に漕ぎ着けた。実に計画から約30年後の完成である。しかし紀ノ川大堰の本格運用については全く先の見通しがついていない。それは新六ヶ井堰の撤去と主目的である大阪府への分水を可能にする導水路工事の計画がないことである。これは大阪府の水需要の減少に伴う現実の問題として浮上している。水利権だけを主張して計画を先延ばしすれば、国土省の常套キャッチフレーズ「万が一の水不足の為に確保しておく」ことにはならない。
だからと言って目的の適正判断がない工事は着工できないだろう。要するに紀ノ川大堰は河口に仁王立ちする公共事業の箱物でしかないということである。和歌山市での住民説明会において、紀ノ川大堰の大義は洪水対策の治水目的であると説明したが、時間が経つと目的も変わる。大滝ダムと紀ノ川大堰がなければ和歌山市が水没するという洪水警報を今時鵜呑みする善良な市民はいない。その時の都合論でしかない国土省の説明は国民すべからく承知していることである。ここに紀ノ川大堰と大滝ダムを列記したことの意味は、如何に長年の工期と莫大な事業費が時代の推移と共に無用の長物と風化してきたかを知ることにある。そして紀ノ川河川整備計画素案にあげられている堰の改修について示唆するところ大であると考え極簡略的に述べたものである。
「紀ノ川流域委員会」のキーワード「てもどりのない計画」とは
紀ノ川流域委員会の目標とする修改築工事の提言は、委員長自らが都度主張している、「てもどりのない工事」である。この考え方が岩出井堰の場合は全面改築になる。要するに列記した2つの堰と同じあらゆる周辺状況を無視した巨大工事として計画される。
岩出井堰の全面改築の必要性は流域委員会で治水上の観点ら説明があったが、その他の視点、利水、環境、景観からは全くといって良いほど審議されていない。治水上での土砂堆積が問題視され、もう一つは老朽化によるものであった。近年日本の河川状況での堆砂問題は日増しに深刻化している。昨年6月の黒部川の連携排砂は富山湾に深刻な漁業被害を与え話題になった。専門家は湾そのものがダムの湖底と同じヘドロかする、その解決策は排砂ゲートの常時解放しかないと指摘している。また、土砂堆積問題と老朽化を抱えた九州球磨川の荒瀬ダムは昨年日本初になる「ダム撤去」を決定した。
要するに、土砂堆積の解決方法はゲートの常時解放もしくは堰の撤去でしかないということである。話を岩出井堰に戻せば、整備局は土砂堆積による流量障害を理由に固定堰の撤去と全面改築による可動堰が一番望ましいてもどりのない工事計画だと説明する。しかし、指摘のあるように常時解放が望ましいのであって可動堰にしなければならない根拠は何処にもない。整備局の根拠は150年に1回の洪水対策上てもどりのない大規模全面改築岩出井堰の計画が妥当だと飽く迄も主張する。現実の問題に戻そう。そもそも周辺の要望がない公共事業で起業主が決まっていない。事業費の概算も知らされていない。
また、紀ノ川の水需要の実態を現実に把握して、堰周辺の水利用の現状認識を先ず行わなければならない。さらに環境、景観についての徹底した協議に基づく計画案でなければ「素案」としても意味がない。従って、全面改築案は「廃案」にしなければならない。「素案」にしても議論は深まっていないというよりも、計画そのものが脆弱すぎる。
40年前ならいざ知らず、てもどりのないという発想は今日の環境面、財政面を考えれば余りにも拙速的な考え方と言わざるを得ない。現実の必要性から実現可能な工事計画はたくさんある。洪水対策で行わなければならないことは、先ず堤防の強化策、必要やむを得ない場合の堤防の嵩上げ、狭窄部の改善、掘削と現在の土木技術で出来ない洪水対策はない。それともあらゆる困難な問題を強行突破して計画から30年後の無用の長物を造るか、考えなくても判断できる選択肢である。同じ轍を踏まない為の当委員会である。同じ轍で思い出したが、大滝ダムの地滑りは正に大迫ダムでの大型地滑りの教訓を全く生かしていない。
当流域委員会は同じ過ちを繰り返さない為に初めての市民参加に基づき行っている。旧委員会で行った行政指導の旧河川法では立ち行かなくなった現状をもう一度真摯に振り返り今後の河川管理に活かしていかなければ元の木阿弥になる。
最後に堰建設で問題を提起した吉野川第十堰可動堰の結論がでた。「可動堰以外のあらゆる方法を抜本的に検討する。」というものである。00年1月徳島で行われた住民投票の9割が可動堰に反対した。その背景の一つに、徳島の住民の方が紀ノ川大堰を見学して絶対にこのような可動堰を建設させてはならないと決意したことがある。
それから時間を掛け、多角的な議論を経て先日、県知事の判断が下された訳である。これを教訓に今度は和歌山県民が徳島の英断に見習い岩出井堰の全面改築を一から見直ししなければならない。結論として、当流域委員会が目指すところの「てもどりのない計画」は将来的に治水、利水、環境に私達の想像以上の弊害を及ぼす。従って、現井堰を置いて緊急、応急に治水、利水、特に環境における景観を配慮した改修を再検討しなければならない。
以上が素案に盛られた堰改修における、岩出井堰全面改築を見直す意見書である。
紀ノ川流域委員会委員 岩畑正行
2004年03月01日
紀ノ川河川整備計画策定に向けた住民説明会の意義
2月13日那賀町を皮切りに始まった河川整備計画案に対する住民説明会について紀ノ川流域委員の立場から考えてみます。
説明会は紀ノ川上流から下流に至る8箇所で行われた訳だが、私は上流の川上村と下流の和歌山市の2箇所に参加しての見解しか持ち合わせていませんが、幸い那賀町と九度山町、橋本市について、前者は和歌山整備局副所長、後者は地元住民団体(玉川峡を守る会)の報告書で粗方の内容を知ることが出来ました。従って、これらに基づいての見解書ということになります。
私は立場的に、今回の行政実施に対しては大よその意図、方法は認知しています。従って説明する内容等については、粗方の委員会での承認を得てのことである為異論を挟むものではないことを前提に参加しました。ただ、策定に向けての素案に対しては殆どではないにしても異論のあるところが多くあります。
私の関心事は整備局の住民に対しての広報のあり方とそれを受けての住民の関心度にあります。それは素案に対する住民の疑問が出たとして、いかにその問題と共有できるかが次回での委員会に諮らなければならない課題でもある訳です。
先ず、私が参加した上流と下流での説明会について報告します。
和歌山市での参加者は200席以上入る会場に私を含め5名でした。また明らかに住民の方は2名ということです。整備局の説明は8箇所すべて共通したものでしょう。問題は質疑応答です。1名の方が、岩出井堰の全面改築について現状の堰に対しても費用負担を強いられているのに、説明なしでのあらたな負担をしなければならないのは納得できない、というものでした。これに対して整備局はこれからの計画であり十分説明を行っていくという返答でした。
川上村は参加者19名、役所勤め、会場近くの住民方でした。質疑応答は皆無、整備局の念押しにも拘らず全く何の反応もありませんでした。従って、整備局の説明80後に散会しました。
集会所は川上村迫、大滝ダム建設で立ち退きを強いられた方々の移転先です。つい2週間前大滝ダム地滑り対策に6年間の工期延長と約270億円の対策費用が計上され、地元受益者負担が話題になったばかりです。立派な会場と家屋の背後にダムが位置している状況での説明会にしては地元住民の関心のなさが強調された結果でした。
和歌山市、川上村での説明会が流域すべての会場の風景かと言えば多分似たり寄ったりではないかと思われます。整備局副所長との歓談で、那賀町では3人と聞き、私はこの状況では説明会にはならないから何かを考えないと駄目だと意見をしました。流域28万世帯に配布された冊子「紀ノ川の川づくり」からの反響として3千通の意見書が届き手応えを感じていた結果がこの状態でショックを隠せないことが見て取れました。副所長が次回から役所、自治会等への要請も考えたいと吐露していました。
しかし、紀伊丹生川ダム中止後も紀ノ川流域の河川整備の問題に取り組んでいる橋本市の住民団体(玉川峡を守る会)が参加した説明会、九度山町と橋本市では、大滝ダム、堰改築等の深刻な問題について活発な意見が出たとの報告書を頂いています。九度山町では住民約35名、質問事項は流域委員会でも問題になった各堰の改築問題、そして大滝ダムの費用負担等で何れの会場においても、特に大滝ダム対策工事についての質問には「答えられない」の一点張りであったと報告されています。この2箇所を除けば低調ではあるが滞りなく説明会が施行されたことになります。
説明会での一番の問題点
和歌山市においては無用の長物である紀ノ川大堰、川上村はこれから大滝ダムを巡っての工事内容と費用、それぞれの深刻な問題があります。紀ノ川大堰に関しては利水権に伴う導入工事の先行き、岩出井堰全面改築は地元要望のない、起業主のいない、ないない尽くしの計画であること、そして大滝ダムはこれからの白屋地区の移転先工事、地滑り対策工事などが挙げられます。しかし、今回で解ったことは、これらの問題より以上に危惧しなければならない事実、住民の皆さんが全く関心を持っていないということです。確かに長年ダム、堰問題で翻弄されてきての結果で、これ以上関わりたくないという心境は察するに余りあるものです。
昨年の第16回「紀ノ川流域委員会」での白屋地区に関する質疑で私が「人災」であることを強く主張して、さらに白屋地区からの強い抗議要請があった地滑り問題も全面移転の解決方向で終結に向かいつつあります。しかし突出した地滑り問題がダム建設に正にメスをいれる契機にもなりその延長問題として受益者負担が大きく取り上げられている最中に住民が全く関心を示さない状況は、流域河川に対する無関心だけではない今日の日本の世相を何か反映しているように思われます。
「出来てしまったものは仕方がない」、例え問題がついて回ってもそれを含めて了解していたことだからという冷淡明確な判断で棚上げできる日本人の特技になりつつある精神環境性が一番の危惧するところが露見した説明会であったと思い知らされた。川上村から下流河口までの帰り道を車のなかでしみじみ反復しながら流域住民の合意形成の不思議さを考えさせられた住民説明会でした。
説明会は紀ノ川上流から下流に至る8箇所で行われた訳だが、私は上流の川上村と下流の和歌山市の2箇所に参加しての見解しか持ち合わせていませんが、幸い那賀町と九度山町、橋本市について、前者は和歌山整備局副所長、後者は地元住民団体(玉川峡を守る会)の報告書で粗方の内容を知ることが出来ました。従って、これらに基づいての見解書ということになります。
私は立場的に、今回の行政実施に対しては大よその意図、方法は認知しています。従って説明する内容等については、粗方の委員会での承認を得てのことである為異論を挟むものではないことを前提に参加しました。ただ、策定に向けての素案に対しては殆どではないにしても異論のあるところが多くあります。
私の関心事は整備局の住民に対しての広報のあり方とそれを受けての住民の関心度にあります。それは素案に対する住民の疑問が出たとして、いかにその問題と共有できるかが次回での委員会に諮らなければならない課題でもある訳です。
先ず、私が参加した上流と下流での説明会について報告します。
和歌山市での参加者は200席以上入る会場に私を含め5名でした。また明らかに住民の方は2名ということです。整備局の説明は8箇所すべて共通したものでしょう。問題は質疑応答です。1名の方が、岩出井堰の全面改築について現状の堰に対しても費用負担を強いられているのに、説明なしでのあらたな負担をしなければならないのは納得できない、というものでした。これに対して整備局はこれからの計画であり十分説明を行っていくという返答でした。
川上村は参加者19名、役所勤め、会場近くの住民方でした。質疑応答は皆無、整備局の念押しにも拘らず全く何の反応もありませんでした。従って、整備局の説明80後に散会しました。
集会所は川上村迫、大滝ダム建設で立ち退きを強いられた方々の移転先です。つい2週間前大滝ダム地滑り対策に6年間の工期延長と約270億円の対策費用が計上され、地元受益者負担が話題になったばかりです。立派な会場と家屋の背後にダムが位置している状況での説明会にしては地元住民の関心のなさが強調された結果でした。
和歌山市、川上村での説明会が流域すべての会場の風景かと言えば多分似たり寄ったりではないかと思われます。整備局副所長との歓談で、那賀町では3人と聞き、私はこの状況では説明会にはならないから何かを考えないと駄目だと意見をしました。流域28万世帯に配布された冊子「紀ノ川の川づくり」からの反響として3千通の意見書が届き手応えを感じていた結果がこの状態でショックを隠せないことが見て取れました。副所長が次回から役所、自治会等への要請も考えたいと吐露していました。
しかし、紀伊丹生川ダム中止後も紀ノ川流域の河川整備の問題に取り組んでいる橋本市の住民団体(玉川峡を守る会)が参加した説明会、九度山町と橋本市では、大滝ダム、堰改築等の深刻な問題について活発な意見が出たとの報告書を頂いています。九度山町では住民約35名、質問事項は流域委員会でも問題になった各堰の改築問題、そして大滝ダムの費用負担等で何れの会場においても、特に大滝ダム対策工事についての質問には「答えられない」の一点張りであったと報告されています。この2箇所を除けば低調ではあるが滞りなく説明会が施行されたことになります。
説明会での一番の問題点
和歌山市においては無用の長物である紀ノ川大堰、川上村はこれから大滝ダムを巡っての工事内容と費用、それぞれの深刻な問題があります。紀ノ川大堰に関しては利水権に伴う導入工事の先行き、岩出井堰全面改築は地元要望のない、起業主のいない、ないない尽くしの計画であること、そして大滝ダムはこれからの白屋地区の移転先工事、地滑り対策工事などが挙げられます。しかし、今回で解ったことは、これらの問題より以上に危惧しなければならない事実、住民の皆さんが全く関心を持っていないということです。確かに長年ダム、堰問題で翻弄されてきての結果で、これ以上関わりたくないという心境は察するに余りあるものです。
昨年の第16回「紀ノ川流域委員会」での白屋地区に関する質疑で私が「人災」であることを強く主張して、さらに白屋地区からの強い抗議要請があった地滑り問題も全面移転の解決方向で終結に向かいつつあります。しかし突出した地滑り問題がダム建設に正にメスをいれる契機にもなりその延長問題として受益者負担が大きく取り上げられている最中に住民が全く関心を示さない状況は、流域河川に対する無関心だけではない今日の日本の世相を何か反映しているように思われます。
「出来てしまったものは仕方がない」、例え問題がついて回ってもそれを含めて了解していたことだからという冷淡明確な判断で棚上げできる日本人の特技になりつつある精神環境性が一番の危惧するところが露見した説明会であったと思い知らされた。川上村から下流河口までの帰り道を車のなかでしみじみ反復しながら流域住民の合意形成の不思議さを考えさせられた住民説明会でした。