2004年07月

2004年07月31日

活動履歴 2004年7月

日時場所内容
7月5日JR和歌山駅前自衛隊のイラクからの撤退を求める街宣活動
7月6日合同法律事務所住基ネット差し止め訴訟 今後の取り組み
7月11日鏡山公園周辺マンション計画の検証・フォーラム
7月12日JR和歌山駅前街宣・ちらし配布・平和の声
7月15日一富士意見広告報告会・市民の声
7月21日喫茶・カリフマンション計画検証・フォーラム
7月22日県文会館検討項目の選定・港湾課
7月29日岩出町役場図書館建設に対する提言書提出・フォーラム
7月30日喫茶・カリフ今後の取り組み・市民の声



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2004年07月20日

紀ノ川河川整備に向けての委員会報告書に対しての意見書

新河川法に基づく流域委員会の先陣的役割を担って始まった「紀ノ川流域委員会」も終盤になり中川委員長の委員会報告書が出て改めて委員会の仕事を振り返りました。発足から3年、この間全国において流域委員会が立ち上がりました。

なかでも、市民参加を謳った「淀川流域委員会」は淀川モデルと言われる流域住民と河川行政の一つのあるべき方向性を示したとして国民論議的な関心を呼びました。「淀川流域委員会」は2府4県の河川の多義に亘る問題を抱えて協議する委員会の性格上近畿において大きな話題を提供しました。その点、「紀ノ川流域委員会」は和歌山県の紀ノ川河川整備計画という性格上広範な意味での話題広報は比較になりませんでしたが、委員会の全容に対しては全国で行われている委員会を凌駕する項目ならびに深まった審議が行われたと自負できるものでした。

そのなかでも全国に先駆けて河川整備の基本を形付ける、またダム建設の必要性を主張する根拠になっている基本高水の問題を治水編で徹底協議したことは流域委員会としては特筆すべきことと言えます。そしてこの協議の延長線上で紀伊丹生川ダムが中止されたことは全国的に例を見ないものです。先程例に出した淀川流域委員会においては全く論議に上らなかった問題であり、このことが多額な費用の下に行われた委員会ではあったが結論的に整備局から出された原案との乖離を生む結果になっています。その他に委員会運営上の透明性、公平性は元より、運営費用の削減を目出したことも評価できるものです。

公共事業を行う最初の心がけに費用の合理化が挙げられます。この点においても評価できるものであったと思われます。やたら費用倒れの論議に終始する行政委員会のあるべき方向性を示しているものです。上記項目的に協議の深まりは他の流域委員会の模範とされるに恥ずかしく無い全容になっているにも拘らず、今回の委員会報告書は極めて審議項目的羅列に止まっており委員会の理念が主張されていない懸念を想起させざるを得ない残念な結果になっています。そのなかでも特に特筆して頂きたい項目に基本高水の論議があります。

具体的には、第7回委員会での小川委員から提出された、治水専門家グループの意見書、「紀伊丹生川ダム建設における基本高水の問題点」についてほぼ解明されつつあった事実の記載が欠落していることの問題です。河川工事実施基本計画と整備計画原案との整合性も問題ではあるが、それ以上にダム計画の骨幹に関わる重要な問題だけに解説つきの記載が必要ではないかと思います。単純に基本高水を目標流量に置き換えての議論は一見妥当と思われがちですが、ダム計画という大規模公共事業の非必要性を暴く機会を根絶やした結果は禍根を残す委員会になったとの謗りを免れません。さらに、これの理解を深める為の勉強会は形式に止まり返って問題を拡散しての空論になってしまったことは残念です。
 
また、今回の流域委員会で新河川法と委員会での河川整備が明確に乖離している現状を目の当りにして、流域委員会とあるべき河川整備との隔たりに限界を感じました。それは「遊水地」の問題です。現行法において全く利用できない現実を棚に上げて「遊水地」論議を標榜する捻れ現象が基本的な旧体制を維持しています。

さらに、新河川法の理念「溢れる治水策」が現実は「封じ込め治水策」でしかないことの公共事業優先策のお墨付き委員会の域を出ない結果になっている現実です。予算捻出の拠りどころがないにも拘らず計画が先行する図式は旧態依然そのものと言わざるを得ません。このように具体的な問題を残しつつも、流域委員会の主目的30年間での実現可能な河川整備の具体的な方向性が見いだせたと言えるものです。

また、他の流域委員会に誇れる内容が多くあったと言えるものだと自負できます。これは偏に中川委員長の裁量に因るもので、また各委員の積極的な取り組みが実現させたものだと考えます。以上をもって報告書に対する意見書とさせて頂きます。
                            
       2004年5年30日
岩畑正行

heiwatwwwa at 22:41|Permalinkclip!紀ノ川流域委員会 

2004年07月11日

活動履歴 2004年7月

日時 議題 概要
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2004年07月06日

人災・大滝ダム地すべり

第16回「紀ノ川流域委員会」報告書

2003年6月11日に第15回「紀ノ川流域委員会」での大滝ダム湛水による被害経過の整備局との答弁を報告しました。さらに7月23日に白屋地区の調査結果報告要望書の提出もお知らせしています。
 
今回は白屋地区亀裂問題が議題の「流域委員会」の報告をします。庶務から事前に送られてきた議事次第から見ても、今回の事件の関心度の強さを示すものだと思われる内容です。また、それに加えて、20日の地元住民の仮説住宅への移転模様のテレビ放送、さらに、地元白屋区長、副区長からの嘆願書ならびに市隣になる橋本市の住民団体「玉川峡を守る会」からの嘆願書についての要請等があり、今回の委員会の中心議題になっていた。
 
資料に関しては、当日には付けられていなかったが、6月5日に行われた「第1回検討会議」の分厚い資料が届けられた。また、議題が話題性のあることからマスコミ、テレビ局が動員されていて少し物々しい感じさえする状況での委員会であった。

今回の争点は、検討委員会が迅速な対応且つ地元住民との協議に問題がないかというところです。そして質問準備として前回紹介した「要望書」を出していたというのが経緯です。
 
今回の因果関係と対応を明らかにする舞台装置としては、「嘆願書」を出していた白屋区長、副区長ならびに要請を出した「玉川峡を守る会」の方々の参加で整っていた。従って、如何に議案として委員会で協議できるかであった訳だが、「守る会」を代表している委員からの「嘆願書についての要請」発言があったが。

大滝ダムの状況報告後、私の質疑は「要望書」に基づき、奈良県が78年に「潜在的地滑り地」と認め且つ国土省対策委員会が81年に「ダム貯水により地滑りの可能性がある」との指摘にも拘らず、ダム工事が強行された経緯を各団体の方からお聞きする方法を採った訳だが。何時もの常套手段で整備局は当時の経緯はよく解らないとの答弁、奈良県職員は参加していたにも拘らず発言なしであった。私の質疑に対応できなくなった雰囲気での中川委員長の判断で急遽、委員会を中止しての傍聴者発言に切換えての実質的な協議になった。

そこで、白屋副区長の堰を切ったような発言に因って、国土省の委員会の見解以前に、地元から独自の専門有識者に拠る調査依頼を行っており、その調査結果も「必ず地滑りが起こる」との報告を出していたことが解った。そして81年前後して地元白屋地区住民の方は当時から「全戸永住移転」を国土省にお願いしていた事実も明らかにされた。従って、副区長は今回の地滑りは「人災」であると明言、地元住民の声を無視したごり押しのダム建設であると国土省の対応を批判しました。    

私が「要望書」で「人災も甚だしい」との批判は的を射た指摘だった訳です。それにも況して、糾弾されなければならないことは、未だにダム湛水との因果関係を認めないということです。6月5日に行われた第1回「大滝ダム白屋地区亀裂現象対策検討委員会」の見解です。奇しくも、81年当時の対策委員が今回の対策委員長であるというのは、なるほどと解らなくも無いが、その無神経さに唖然とさせられる。国の非を認めない根性は建設省から国土省に変わっても「三つ子の魂百まで」、永遠に変わらないということか。これに対して地元白屋地区の住民の方は怒り心頭に発する、極限にきている様子が見て取れました。

地元住民の見解と整備局の対応の段違いを指摘した質問に対して、整備局は粗方のことは8月1日の第2回「対策検討委員会」で説明される」との見通しを述べるに止まりました。

今回の事件で一つ個人的に興味があったのは、中川委員長がどのように対処するかであった。周知のように、大滝ダムは中川委員長の設計であり当時アーチ型の話題になったダムです。今回の河川整備計画策定に当って、また紀伊丹生川ダム計画中止との関連は切り離して論じられない関係にあることは皆さん十分承知しているところです。

それを踏まえて中川委員長がどのように今回の事件を論じるかは非常に関心のあるところでした。結果は面白いことに、本人も危険性を認めており、但しこの事例は何も特別列記することのない所謂よくある話の部類になるとの説明から始まりました。以前から中川委員長は案外真っ当正直なところがあると感心してはいたのですが。こうもあっさり認めての説明にはいささか呆れますが、災害はいつ何処でどのように起こるか判らないとの見解は正にいくら洪水対策を施しても意味がないことの裏返しであることの証明でもあってよいお話が聞けたと思った。

今後の紀ノ川整備計画策定によい意見が聞けたと改めて感心している次第です。
とにかく当時からの先送り対処法が露呈した事件でした。

今、工事中ならびに計画されている全国の大規模ダムに地すべりの警告が出されています。大滝ダムの教訓が生かされない事態が再び起った時の責任を誰が取るのか、短絡的に企業主、国であると決めておいて良い事柄ではない。 

heiwatwwwa at 22:37|Permalinkclip!紀ノ川流域委員会