2004年05月07日
遠藤氏提案の公開討論会について
遠藤氏提案
> なお、「公開討論集会」という呼び方に大洲河川国道事務所があくまでも応じないのであれば、「意見交換 会」、最悪の場合「説明会」でも止むを得ないと思います。名前よりも中身で勝負しましょう。
整備局(大洲河川国道事務所)が原案を公表したことは、たとえ河川整備計画の案であっても、当局にあっては法律を定めたことになります。これに対して公開での討論、意見交換など考える余地が全くないとの整備局の見解は強ち間違った判断ではないと自負している嫌いがあります。事実、私達の運動は法律を作るにあたり、整備局との力関係において完敗しました。この事実を謙虚に受け止めれば、私達が3月26日以降においてこの敗北を真摯に検証したかどうか今日甚だ疑問視、懸念するところであると思います。
各自の社会的周辺における運動の温度差を尊重するとしても、この事実に対しての見解、認識は明確に共有しなければならない課題です。そしてその事実から発議された運動が必要であると考えます。
遠藤氏提案
> 6. 3. については、「資料開示後10日ほど後に、地元の皆さんが国と水源連の治水対策の違いについて双方に説明と双方のやり取りの場を設定すること」、を大洲河川国道事務所に求める。というシナリオがベストと考えています。
これについては、整備局が新しい法律を公表した事実を踏まえれば、国と水源連の治水対策の違いを説明する場を求めるシナリオは理想であっても、時間軸が違っている為に実現しないでしょう。整備局にしても全くその必要性を無視するものと考えます。どんな妙案でも時期を逸すれば実現が多難です。
私の意見
遠藤氏の最悪の場合「説明会」が最良でまたそれしかないと考えます。原案に対して流域住民に説明を求める、実現可能な無理のない企画です。遠藤氏の「中身で勝負しましょう」正にこれに尽きます。日程が決まればそれの対策会議を行う、これが定石です。
流域住民の動員対策、水源連との治水の鉢合わせのタイミングをどうするか、基本的な課題を協議しなければならないでしょう。そして、これらの取り組みであれば早急に出来ると考えます。整備局は急ぎませんが、私達はそうそうゆっくりもしていられません。流域住民の方は日にちが薬で諦めてしまっては運動が空転します。何事も熱いうちに実践しなければ運動の最大効果が得られません。かといって、特効薬的な運動などありません。チャンスは運動から芽生えてくるものと理解します。
最後に
遠藤氏記述
> 差し出がましいことを記しましたが、「このままでは・・・」という危機感の表れとしてご容赦頂けると幸いです。
山鳥坂ダム反対の手立ての無い運動に広がる等閑感が最も危機感を助長するものです。
私は「このままでは・・・」という言葉を痛切のきわみと受け止めます。
> なお、「公開討論集会」という呼び方に大洲河川国道事務所があくまでも応じないのであれば、「意見交換 会」、最悪の場合「説明会」でも止むを得ないと思います。名前よりも中身で勝負しましょう。
整備局(大洲河川国道事務所)が原案を公表したことは、たとえ河川整備計画の案であっても、当局にあっては法律を定めたことになります。これに対して公開での討論、意見交換など考える余地が全くないとの整備局の見解は強ち間違った判断ではないと自負している嫌いがあります。事実、私達の運動は法律を作るにあたり、整備局との力関係において完敗しました。この事実を謙虚に受け止めれば、私達が3月26日以降においてこの敗北を真摯に検証したかどうか今日甚だ疑問視、懸念するところであると思います。
各自の社会的周辺における運動の温度差を尊重するとしても、この事実に対しての見解、認識は明確に共有しなければならない課題です。そしてその事実から発議された運動が必要であると考えます。
遠藤氏提案
> 6. 3. については、「資料開示後10日ほど後に、地元の皆さんが国と水源連の治水対策の違いについて双方に説明と双方のやり取りの場を設定すること」、を大洲河川国道事務所に求める。というシナリオがベストと考えています。
これについては、整備局が新しい法律を公表した事実を踏まえれば、国と水源連の治水対策の違いを説明する場を求めるシナリオは理想であっても、時間軸が違っている為に実現しないでしょう。整備局にしても全くその必要性を無視するものと考えます。どんな妙案でも時期を逸すれば実現が多難です。
私の意見
遠藤氏の最悪の場合「説明会」が最良でまたそれしかないと考えます。原案に対して流域住民に説明を求める、実現可能な無理のない企画です。遠藤氏の「中身で勝負しましょう」正にこれに尽きます。日程が決まればそれの対策会議を行う、これが定石です。
流域住民の動員対策、水源連との治水の鉢合わせのタイミングをどうするか、基本的な課題を協議しなければならないでしょう。そして、これらの取り組みであれば早急に出来ると考えます。整備局は急ぎませんが、私達はそうそうゆっくりもしていられません。流域住民の方は日にちが薬で諦めてしまっては運動が空転します。何事も熱いうちに実践しなければ運動の最大効果が得られません。かといって、特効薬的な運動などありません。チャンスは運動から芽生えてくるものと理解します。
最後に
遠藤氏記述
> 差し出がましいことを記しましたが、「このままでは・・・」という危機感の表れとしてご容赦頂けると幸いです。
山鳥坂ダム反対の手立ての無い運動に広がる等閑感が最も危機感を助長するものです。
私は「このままでは・・・」という言葉を痛切のきわみと受け止めます。