2002年05月09日
「紀ノ川流域委員会」を検証する-2弾
「Wind フォーラム」9月で「紀ノ川流域委員会」の開催を紹介してからその後、2回の現地見学会を含め計6回の委員会が行われた。一応、整備局の紀ノ川における新河川法に基づいた治水、利水、環境の3分野からなる現況説明を受け、昨年12月20日に行われた第6回流域委員会において、今後の審議運営における委員長私案が提出された。整備計画案作成の為の非常に興味深いプログラムになっていた。興味深いというのは、私達は、委員会において審議される整備計画に紀伊丹生川ダム計画が決定事項である。
これの是非論を3分野から再検討するという認識でしかなかったが、委員長私案においては、ダム計画は今後の治水を行なっていくためのひとつの案として検討されるという見解が明確に打ち出されていたことである。私達は飽くまでも紀伊丹生川ダム計画をどうするのかを徹底的に論じてもらわなければならないとの考えに終始していた為これでは困るという思いを持ち続けていた。但し、この案は委員会開催当初から整備局並びに委員長から運営等に関する方針表明で何度となく出されていた。これを裏付ける説明をこれまでも場所を問わず発言していた訳だが。例えば、「紀ノ川の治水をゼロからの出発で考える」と言ったものである。
私達が「紀ノ川流域委員会」に対しての思い込みがあまりにも強い為、委員長並びに整備局の説明を理解出来ずにいた、もしくは、理解を疑っていたことによるものと思われる。
私達はこの「紀ノ川流域委員会」を3年前の「ダム審議委員会」の焼き直し、もしくは、公共事業見直しを背景にした取り繕いの行政委員会であると理解しがちであった。それだけ旧建設省に対しての不信感を根強く持ち続けていた事の証だが。そこでこの解釈のズレを委員会開催から順を追って解明することは、今後の対策上の極めて示唆に富む方法的展望が持てるものと思われる。
先ず、紀ノ川本川、続いての大滝ダム建設現場、紀伊丹生川ダム建設予定地見学を終え、第5回委員会において、紀伊丹生川ダム計画の地元反対住民団体「紀伊丹生川ダム建設を考える会」からの提案書が団体代表委員から出される。その内容は、「紀ノ川の整備計画案には、紀伊丹生川ダム建設計画が含まれており、紀ノ川流域委員会の最大の任務は、このダム計画に対しての審議を行うことである」と位置づけています。
そして、「紀伊丹生川ダム建設の可否は、第1次的には当委員会の検討結果にかかっている、委員会の責務は重大である。」と続いています。この地点においては、私達は、この委員会において第1次的にダムの是非論を審議するのが主目的であると確信していた。地元団体も然り、私もその考えの基に参加していた。それは、これまでの議事録を見て頂ければ毎回紀伊丹生川ダム計画の質問を出していることからもお解かり頂ける。
12月20日の委員長私案の前触れは、この日の議事録を確認するまでもなく、第1回委員会開催から言及されていたことで何も驚きを持って対処することではなかった。しかし、私達は「紀ノ川流域委員会」の性格並びに方針をそのまま受け入れたくなかったというのが今日の現実的な実感である。全くの意表を突かれたということでもない。只、私達がそう思いたくなかったことが一因している。何でもありの旧建設省のイメージが強くあるから当然の結果になっていたのが事実である。
先ず、第1回委員会開催での委員長挨拶を紹介しよう。「整備計画を審議するに当たって既成の事実、あるいは既成の概念にとらわれず、非常に柔軟な発想、それから非常に幅広い視点、こういう点からの議論をお願いしたい」、「この委員会では整備計画について、まず河川管理者の考え方もお聞きいたしますが、全く考え方としてはゼロの状態から出発して、皆様の建設的な意見を集めて積み重ね、そしてつくり上げていきたいと考えております。」との基本姿勢を述べている。
地元住民団体から出された提案書とは審議内容においてかなりの隔たりを見せている。この発想の基盤は、私達が紀ノ川の治水をめぐって4年前から培われてきた運動の延長からすれば至極当然のことであったことはすでに述べたとおりである。国土省になっての体質改善は、変わり身のあまりの速さはさすがに政府各省のなせる技である。3年前の「ダム事業審議委員会」答申の位置付けも調査予備費を取る為の過程でしか考えておらず、今回は法律に基づいて行っていますと紋切型に終始するだけである。
水郷水都全国会議の委員長講演
昨年の5月、地元団体「紀伊丹生川ダム建設を考える会」が第17回水郷水都全国会議を地元開催するおりに、6月から始まる「紀ノ川流域委員会」についての報告を委員長に要請、これを快諾した委員長が開催日10月27日に講演したことが、「紀ノ川流域委員会」の基本姿勢をより開示する方向性を決定した。と言うのは、講演後の質疑応答において、地元の会員の方が治水において専門的な質問をしたその回答に後ではあるが端的に言い表されていたからである。
但し、この折には、野次に翻弄され時間切れということもあって理解できる回答にはならなかったが、その後メールにて再質問を行ったことから自体が透明性を帯びてくる結果になり、その質問状と回答を地元団体のホームページ上に掲載され私達の知るところとなった。そこで、私達が知ることの出来る際立った委員長の回答について紹介する。
ゼロからの議論
第1回「紀ノ川流域委員会」での開催挨拶にもあったように、この水郷水都全国会議の説明報告においても、中川委員長は「河川整備計画の原案について審議するものであるが、委員会では原案に拘束されることなくゼロから議論していく。」と整備計画をゼロから出発するとの位置づけを表明している。非常に慎重な発言である。これは、河川整備局の案も意見として聞くという前提に立っている、当然といえば極めて当然な話しではあるのだが。それでは、河川整備局の基本姿勢を端的に表明している水野調査官の流域委員会設立会での開催挨拶を紹介する。
「河川整備計画については、ここ20年、30年間の目標なり、具体的な工事なり、維持管理の内容を書き込むものでございます。その策定に当たりましては、原案を河川管理者が策定し、学識経験者から意見を聞く、公聴会の開催等による住民ご意見の反映を行い、整備計画の案をつくり、地方公共団体の長の意見を聞いて決定するものでございます。」また、「法律の順序からすると、基本方針に基づいて整備計画が作られるということであるが、整備計画を議論しながら逆に基本方針を決めていく」という具合に表現されている。
中川委員長もこれを受けて、第6回流域委員会において「今回は逆ですが、基本計画に見られるような長期計画との整合性をとる必要が出てくるだろうと思います。基本計画を含めて議論する必要があると思われます。」と発言している。両者の微妙なニュアンスの違いがあるもののほぼ統一的な見解を表明していると理解できる。
法律とは逆発想の進め方
ではどうして逆発想になったかを考えてみる。2年前に旧建設省がダム建設についての公共事業見直しで、紀伊丹生川ダム計画を推進事業に位置づけていた。これは、ダム審議委員会が「計画は妥当である」と答申して、その後のアセスの実施に伴う予備費の申請等を考えれば当然といえる。
ここに興味深い中川委員長の発言(第6回「紀ノ川流域委員会」)がある。「長期計画についての意見として、例えば、河川整備基本方針を改めるように河川管理者に委員会として述べる訳ですから、基本計画を含めて議論する必要があると思われます。」。この発言に関しては、整備局は全くダム見直しを示唆したものではない、という見解を取っている。果たしてそうであろうか。
水郷水都全国会議での質問と回答
もう一つ、第6回の委員会で出された「水郷水都全国会議の報告に対する質問と回答」資料―8があります。前述した地元団体の会員に対して中川委員長が出したメールでの回答書である。
現段階における整備局の基本計画は昭和47年9月型降雨に基づいた主要7洪水を検討対象として作られている。問題になっている質問の主旨は、計画2日雨量の440mmを前提にして、主要7洪水の中2日雨量が最小(190mm)の昭和47年9月台風を採用することにより基本高水流量(16000m3/s)を決定している。
これが、河川砂防技術基準に違反している、というものである。事実、引伸ばし率は2.32、カバ―率は90%になっている。これは明らかにマニュアル違反である。
今回の検証では、整備局の治水論ではなく、前回出された計画作成のフロ―に基づき、今回の委員会で提示された河川整備計画の進め方、中川委員長私案についての理解を促すことに重点を置いている。従って、中川委員長の見解をもう少し端的に理解する必要があると思われる。幸い、委員会において中川委員長自身が私案についての説明に十二分の時間を割いている。特に、次の件はそれを言い表していると理解できる。議事録の発言ならびに資料−8の質問に対する回答で述べられていることについてさらに私が個人的に中川委員長に質問して返ってきた回答から紹介する。
「20〜30年間に実現できる具体的な整備計画を検討し、答申するのが流域委員会の役割である。」、「今回の中期計画はあくまで長期計画に向かっての第一段階である」、「今後の出水特性、社会経済特性、住民のニーズなどによって河川整備基本方針は当然変更されるべきものでありその都度必要な手続きを経て見直しを行なえばよい。」、以上の引用文からも理解出来るように、極めて具体的な方向性を物語ったものになっている。
上記してきた内容等から「紀伊丹生川ダム計画」を具体的な整備計画として扱わないと判断することは可能なことであると考えられる。しかし、単に社会経済特性、住民のニーズだけで片付けるにはあまりにも早計且つ短絡過ぎると考えられる。歴然とした根拠は十分ある。利水の根拠である、大阪府への分水が大幅な水需要の下方により論が成り立たなくなった。
また、和歌山市が新たなる水源地の必要性がなくなったと発表した。更に、地元橋本市議会が調査委員会を廃止したことなどが挙げられる。再考するまでもなく、紀伊丹生川ダムは不要なのである。しかし、状況判断のみで是非を決めては、また状況において審議の対象になりかねない。現在の「紀ノ川流域委員会」の審議状況からすれば少しは時間が許されている。少しである。それは、国土省の治水論が河川砂防技術基準に違反していることを認めさせることである。
中川委員長私案を
「紀ノ川流域委員会」の今後の審議内容、当初から言われている「ゼロからの出発」、「柔軟な発想」、「幅広い視点」、これに基づいた中川委員長私案に期待したいものである。
これの是非論を3分野から再検討するという認識でしかなかったが、委員長私案においては、ダム計画は今後の治水を行なっていくためのひとつの案として検討されるという見解が明確に打ち出されていたことである。私達は飽くまでも紀伊丹生川ダム計画をどうするのかを徹底的に論じてもらわなければならないとの考えに終始していた為これでは困るという思いを持ち続けていた。但し、この案は委員会開催当初から整備局並びに委員長から運営等に関する方針表明で何度となく出されていた。これを裏付ける説明をこれまでも場所を問わず発言していた訳だが。例えば、「紀ノ川の治水をゼロからの出発で考える」と言ったものである。
私達が「紀ノ川流域委員会」に対しての思い込みがあまりにも強い為、委員長並びに整備局の説明を理解出来ずにいた、もしくは、理解を疑っていたことによるものと思われる。
私達はこの「紀ノ川流域委員会」を3年前の「ダム審議委員会」の焼き直し、もしくは、公共事業見直しを背景にした取り繕いの行政委員会であると理解しがちであった。それだけ旧建設省に対しての不信感を根強く持ち続けていた事の証だが。そこでこの解釈のズレを委員会開催から順を追って解明することは、今後の対策上の極めて示唆に富む方法的展望が持てるものと思われる。
先ず、紀ノ川本川、続いての大滝ダム建設現場、紀伊丹生川ダム建設予定地見学を終え、第5回委員会において、紀伊丹生川ダム計画の地元反対住民団体「紀伊丹生川ダム建設を考える会」からの提案書が団体代表委員から出される。その内容は、「紀ノ川の整備計画案には、紀伊丹生川ダム建設計画が含まれており、紀ノ川流域委員会の最大の任務は、このダム計画に対しての審議を行うことである」と位置づけています。
そして、「紀伊丹生川ダム建設の可否は、第1次的には当委員会の検討結果にかかっている、委員会の責務は重大である。」と続いています。この地点においては、私達は、この委員会において第1次的にダムの是非論を審議するのが主目的であると確信していた。地元団体も然り、私もその考えの基に参加していた。それは、これまでの議事録を見て頂ければ毎回紀伊丹生川ダム計画の質問を出していることからもお解かり頂ける。
12月20日の委員長私案の前触れは、この日の議事録を確認するまでもなく、第1回委員会開催から言及されていたことで何も驚きを持って対処することではなかった。しかし、私達は「紀ノ川流域委員会」の性格並びに方針をそのまま受け入れたくなかったというのが今日の現実的な実感である。全くの意表を突かれたということでもない。只、私達がそう思いたくなかったことが一因している。何でもありの旧建設省のイメージが強くあるから当然の結果になっていたのが事実である。
先ず、第1回委員会開催での委員長挨拶を紹介しよう。「整備計画を審議するに当たって既成の事実、あるいは既成の概念にとらわれず、非常に柔軟な発想、それから非常に幅広い視点、こういう点からの議論をお願いしたい」、「この委員会では整備計画について、まず河川管理者の考え方もお聞きいたしますが、全く考え方としてはゼロの状態から出発して、皆様の建設的な意見を集めて積み重ね、そしてつくり上げていきたいと考えております。」との基本姿勢を述べている。
地元住民団体から出された提案書とは審議内容においてかなりの隔たりを見せている。この発想の基盤は、私達が紀ノ川の治水をめぐって4年前から培われてきた運動の延長からすれば至極当然のことであったことはすでに述べたとおりである。国土省になっての体質改善は、変わり身のあまりの速さはさすがに政府各省のなせる技である。3年前の「ダム事業審議委員会」答申の位置付けも調査予備費を取る為の過程でしか考えておらず、今回は法律に基づいて行っていますと紋切型に終始するだけである。
水郷水都全国会議の委員長講演
昨年の5月、地元団体「紀伊丹生川ダム建設を考える会」が第17回水郷水都全国会議を地元開催するおりに、6月から始まる「紀ノ川流域委員会」についての報告を委員長に要請、これを快諾した委員長が開催日10月27日に講演したことが、「紀ノ川流域委員会」の基本姿勢をより開示する方向性を決定した。と言うのは、講演後の質疑応答において、地元の会員の方が治水において専門的な質問をしたその回答に後ではあるが端的に言い表されていたからである。
但し、この折には、野次に翻弄され時間切れということもあって理解できる回答にはならなかったが、その後メールにて再質問を行ったことから自体が透明性を帯びてくる結果になり、その質問状と回答を地元団体のホームページ上に掲載され私達の知るところとなった。そこで、私達が知ることの出来る際立った委員長の回答について紹介する。
ゼロからの議論
第1回「紀ノ川流域委員会」での開催挨拶にもあったように、この水郷水都全国会議の説明報告においても、中川委員長は「河川整備計画の原案について審議するものであるが、委員会では原案に拘束されることなくゼロから議論していく。」と整備計画をゼロから出発するとの位置づけを表明している。非常に慎重な発言である。これは、河川整備局の案も意見として聞くという前提に立っている、当然といえば極めて当然な話しではあるのだが。それでは、河川整備局の基本姿勢を端的に表明している水野調査官の流域委員会設立会での開催挨拶を紹介する。
「河川整備計画については、ここ20年、30年間の目標なり、具体的な工事なり、維持管理の内容を書き込むものでございます。その策定に当たりましては、原案を河川管理者が策定し、学識経験者から意見を聞く、公聴会の開催等による住民ご意見の反映を行い、整備計画の案をつくり、地方公共団体の長の意見を聞いて決定するものでございます。」また、「法律の順序からすると、基本方針に基づいて整備計画が作られるということであるが、整備計画を議論しながら逆に基本方針を決めていく」という具合に表現されている。
中川委員長もこれを受けて、第6回流域委員会において「今回は逆ですが、基本計画に見られるような長期計画との整合性をとる必要が出てくるだろうと思います。基本計画を含めて議論する必要があると思われます。」と発言している。両者の微妙なニュアンスの違いがあるもののほぼ統一的な見解を表明していると理解できる。
法律とは逆発想の進め方
ではどうして逆発想になったかを考えてみる。2年前に旧建設省がダム建設についての公共事業見直しで、紀伊丹生川ダム計画を推進事業に位置づけていた。これは、ダム審議委員会が「計画は妥当である」と答申して、その後のアセスの実施に伴う予備費の申請等を考えれば当然といえる。
ここに興味深い中川委員長の発言(第6回「紀ノ川流域委員会」)がある。「長期計画についての意見として、例えば、河川整備基本方針を改めるように河川管理者に委員会として述べる訳ですから、基本計画を含めて議論する必要があると思われます。」。この発言に関しては、整備局は全くダム見直しを示唆したものではない、という見解を取っている。果たしてそうであろうか。
水郷水都全国会議での質問と回答
もう一つ、第6回の委員会で出された「水郷水都全国会議の報告に対する質問と回答」資料―8があります。前述した地元団体の会員に対して中川委員長が出したメールでの回答書である。
現段階における整備局の基本計画は昭和47年9月型降雨に基づいた主要7洪水を検討対象として作られている。問題になっている質問の主旨は、計画2日雨量の440mmを前提にして、主要7洪水の中2日雨量が最小(190mm)の昭和47年9月台風を採用することにより基本高水流量(16000m3/s)を決定している。
これが、河川砂防技術基準に違反している、というものである。事実、引伸ばし率は2.32、カバ―率は90%になっている。これは明らかにマニュアル違反である。
今回の検証では、整備局の治水論ではなく、前回出された計画作成のフロ―に基づき、今回の委員会で提示された河川整備計画の進め方、中川委員長私案についての理解を促すことに重点を置いている。従って、中川委員長の見解をもう少し端的に理解する必要があると思われる。幸い、委員会において中川委員長自身が私案についての説明に十二分の時間を割いている。特に、次の件はそれを言い表していると理解できる。議事録の発言ならびに資料−8の質問に対する回答で述べられていることについてさらに私が個人的に中川委員長に質問して返ってきた回答から紹介する。
「20〜30年間に実現できる具体的な整備計画を検討し、答申するのが流域委員会の役割である。」、「今回の中期計画はあくまで長期計画に向かっての第一段階である」、「今後の出水特性、社会経済特性、住民のニーズなどによって河川整備基本方針は当然変更されるべきものでありその都度必要な手続きを経て見直しを行なえばよい。」、以上の引用文からも理解出来るように、極めて具体的な方向性を物語ったものになっている。
上記してきた内容等から「紀伊丹生川ダム計画」を具体的な整備計画として扱わないと判断することは可能なことであると考えられる。しかし、単に社会経済特性、住民のニーズだけで片付けるにはあまりにも早計且つ短絡過ぎると考えられる。歴然とした根拠は十分ある。利水の根拠である、大阪府への分水が大幅な水需要の下方により論が成り立たなくなった。
また、和歌山市が新たなる水源地の必要性がなくなったと発表した。更に、地元橋本市議会が調査委員会を廃止したことなどが挙げられる。再考するまでもなく、紀伊丹生川ダムは不要なのである。しかし、状況判断のみで是非を決めては、また状況において審議の対象になりかねない。現在の「紀ノ川流域委員会」の審議状況からすれば少しは時間が許されている。少しである。それは、国土省の治水論が河川砂防技術基準に違反していることを認めさせることである。
中川委員長私案を
「紀ノ川流域委員会」の今後の審議内容、当初から言われている「ゼロからの出発」、「柔軟な発想」、「幅広い視点」、これに基づいた中川委員長私案に期待したいものである。