2007年08月22日
住基ネット差し止め訴訟 大阪高裁
陳 述 書
原告 岩畑 政行
2003年8月、「住民基本台帳ネットワークシステム」の本格稼動が始まり、既に4年の歳月が経過しました。
私は2005年10月13日、和歌山地方裁判所に、「住民基本台帳ネットワークシステム」について、『私もどう考えても、単なるシステムによる利便性とはかけ離れたところの危険性を考えれば、このシステムを個人的に離脱、さらに「ネットワーク」を廃止しなければとんでもないことになると考えて、差し止めを求め原告になる決意をしました。』と陳述書を提出しています。
また、2006年1月29日の陳述書補充において、『奥田経団連会長の発表にあるように、国、地方を通じた社会保障制度の一体的改革に取り組むというものです。そして、安部晋三官房長官は、1月15日のNHK日曜討論において、小泉政権後も「小さな政府」を追求して、日本は世界の勝ち組になると言明した。
政府が進める「小さな政府」論での民間運用を考えた場合、遺憾なく合理化を発揮する一つに 「住民基本台帳ネットワークシステム」があることは自明の理です。上記されている社会保障制度の一体的改革など最たるもので、正にこれを利用しない手はないだろうと考えます。』と書きました。
2007年6月14日、安倍首相は社会保障制度の一体的改革の起爆剤として「住民基本台帳ネットワークシステム」の導入を表明しました。まさに、私の危惧していたことが現実になろうとしている訳です。
この導入表明は、現在、紛糾している年金問題の打開策として打ち出されたもので、単なる思い付きではなく周到な「ネットワークシステム」の導入が計画されていたと考えられます。
「住民基本台帳ネットワークシステム」の稼動が始まって、過去4年間を振り返って、政府は「ネットワークシステム」の利便性を吹聴してきたが、国民にはそれが実感できない現実と個人情報に関する流失の不安が先行してきたのが実態です。政府がセキュリティの安全性を主張すればするほど、行政を問わず民間に至るまであらゆる団体での個人情報の流失は後を絶たないのが現実です。
2006年4月11日、和歌山地方裁判所は、『無権限の第三者によって住基ネット上の本人確認情報にアクセスしたり、行政機関等の担当役職員等が住基ネットからデータを持ち出して公開するような具体的危険性は認められず、したがって、住基ネットの運用によって、当該個人のプライバシーの利益に対する現実の危機が存するものと認めることはできない。』という判決を下しました。
コンピューターのセキュリティ対策がもはや安全である根拠が確実に崩れている現実にあっても、裁判所はそれによる被害がないとして、「当該個人のプライバシーの利益に対する現実の危機が存するものと認めることはできない。」と断じたわけです。
現在の情報流失が日常化する現実にあってこの判断は、全く行政機関等の危機管理に唖然とするものです。従って、既に社会保障制度の一体的改革と称して、政府は社会保障番号導入を決定しています。基礎年金番号、健康保険証番号、さらに納税者番号との連携です。
コンピューターのセキュリティ対策が、完全なものとはならない宿命にある現実を目の当たりにしても、懲りずにこの計画です。
現実に政局を作用する事件に発展した年金番号管理のずさんさ問題が明確になったにも拘らず、さらなる複雑な連携システムを考える、その神経のありようが私には理解できない。
「住民基本台帳ネットワークシステム」が機能すれば年金問題も上手くクリアーできていたとする、逆ねじの言いがかり的発想は、本末転倒も甚だしい火事場泥棒的発想で、こういうのを官僚の常套責任回避術の典型という。
情報は必ず何らかの要因で漏れることはこの4年間の実態で周知済みです。そして、情報が漏れることで必ずどこかが、誰かが利することは自明のことになりつつあります。
現実の問題を不透明な、理解を妨げている「住民基本台帳ネットワークシステム」の問題は、このシステムが持つ致命的欠陥を覆い隠している、問題を難しくしている実態があることです。それは、裁判所が指摘する「プライバシーの利益に対する現実の危機」が第1次的に表れない、直接的影響を課していないと考えているからの判断です。極めて第1次的実証被害しか考えていないところにあります。
実は、私たちは、間接的、2次的、3次的な次元で結局は極端な不利益、被害を被っているのが現実です。この間接的不利益を考えることが出来ない判断が今日の裁判所判断であると思います。
例えば、「社会保障番号」なるものが情報流失したとします。ある企業がそれを持つことは、各企業の人事管理するうえにおいてこれ以上ない重宝な情報になります。当該個人が知らぬうちに、「差別」と「監視」の対象にされて、この時点からいつ危害にあうか分からない状況に置かれることになります。そして、危害があったとしても、その原因は当該個人には知る由もなく、情報を持つものだけが利するという闇の構図に終始するという暗黒の社会が形成されるわけです。
この現実を考えれば考えるほど「差別」と「監視」による不安は大きくなり、無限の精神的苦痛を感じます。但し、無限の精神的苦痛を「絵図で、数量で表せ」と言われれば、それは、全てのことがら、生きていられるうちは、危害を受容しているとは考え難いという判断に等しくなります。
憲法13条により保障されているプライバシーの権利(自己情報コントロール権)とは、直接的もしくは間接的、時差別的等の影響を受けない状況にあるということです。
「住民基本台帳ネットワークシステム」は明らかにプライバシーの権利を侵害します。
従って、私は、大阪高裁の本控訴審において、再度「ネットワーク」からの個人的離脱、さらに「ネットワーク」を廃止することを切に求めます。
2007年8月22日
原告 岩畑 政行
2003年8月、「住民基本台帳ネットワークシステム」の本格稼動が始まり、既に4年の歳月が経過しました。
私は2005年10月13日、和歌山地方裁判所に、「住民基本台帳ネットワークシステム」について、『私もどう考えても、単なるシステムによる利便性とはかけ離れたところの危険性を考えれば、このシステムを個人的に離脱、さらに「ネットワーク」を廃止しなければとんでもないことになると考えて、差し止めを求め原告になる決意をしました。』と陳述書を提出しています。
また、2006年1月29日の陳述書補充において、『奥田経団連会長の発表にあるように、国、地方を通じた社会保障制度の一体的改革に取り組むというものです。そして、安部晋三官房長官は、1月15日のNHK日曜討論において、小泉政権後も「小さな政府」を追求して、日本は世界の勝ち組になると言明した。
政府が進める「小さな政府」論での民間運用を考えた場合、遺憾なく合理化を発揮する一つに 「住民基本台帳ネットワークシステム」があることは自明の理です。上記されている社会保障制度の一体的改革など最たるもので、正にこれを利用しない手はないだろうと考えます。』と書きました。
2007年6月14日、安倍首相は社会保障制度の一体的改革の起爆剤として「住民基本台帳ネットワークシステム」の導入を表明しました。まさに、私の危惧していたことが現実になろうとしている訳です。
この導入表明は、現在、紛糾している年金問題の打開策として打ち出されたもので、単なる思い付きではなく周到な「ネットワークシステム」の導入が計画されていたと考えられます。
「住民基本台帳ネットワークシステム」の稼動が始まって、過去4年間を振り返って、政府は「ネットワークシステム」の利便性を吹聴してきたが、国民にはそれが実感できない現実と個人情報に関する流失の不安が先行してきたのが実態です。政府がセキュリティの安全性を主張すればするほど、行政を問わず民間に至るまであらゆる団体での個人情報の流失は後を絶たないのが現実です。
2006年4月11日、和歌山地方裁判所は、『無権限の第三者によって住基ネット上の本人確認情報にアクセスしたり、行政機関等の担当役職員等が住基ネットからデータを持ち出して公開するような具体的危険性は認められず、したがって、住基ネットの運用によって、当該個人のプライバシーの利益に対する現実の危機が存するものと認めることはできない。』という判決を下しました。
コンピューターのセキュリティ対策がもはや安全である根拠が確実に崩れている現実にあっても、裁判所はそれによる被害がないとして、「当該個人のプライバシーの利益に対する現実の危機が存するものと認めることはできない。」と断じたわけです。
現在の情報流失が日常化する現実にあってこの判断は、全く行政機関等の危機管理に唖然とするものです。従って、既に社会保障制度の一体的改革と称して、政府は社会保障番号導入を決定しています。基礎年金番号、健康保険証番号、さらに納税者番号との連携です。
コンピューターのセキュリティ対策が、完全なものとはならない宿命にある現実を目の当たりにしても、懲りずにこの計画です。
現実に政局を作用する事件に発展した年金番号管理のずさんさ問題が明確になったにも拘らず、さらなる複雑な連携システムを考える、その神経のありようが私には理解できない。
「住民基本台帳ネットワークシステム」が機能すれば年金問題も上手くクリアーできていたとする、逆ねじの言いがかり的発想は、本末転倒も甚だしい火事場泥棒的発想で、こういうのを官僚の常套責任回避術の典型という。
情報は必ず何らかの要因で漏れることはこの4年間の実態で周知済みです。そして、情報が漏れることで必ずどこかが、誰かが利することは自明のことになりつつあります。
現実の問題を不透明な、理解を妨げている「住民基本台帳ネットワークシステム」の問題は、このシステムが持つ致命的欠陥を覆い隠している、問題を難しくしている実態があることです。それは、裁判所が指摘する「プライバシーの利益に対する現実の危機」が第1次的に表れない、直接的影響を課していないと考えているからの判断です。極めて第1次的実証被害しか考えていないところにあります。
実は、私たちは、間接的、2次的、3次的な次元で結局は極端な不利益、被害を被っているのが現実です。この間接的不利益を考えることが出来ない判断が今日の裁判所判断であると思います。
例えば、「社会保障番号」なるものが情報流失したとします。ある企業がそれを持つことは、各企業の人事管理するうえにおいてこれ以上ない重宝な情報になります。当該個人が知らぬうちに、「差別」と「監視」の対象にされて、この時点からいつ危害にあうか分からない状況に置かれることになります。そして、危害があったとしても、その原因は当該個人には知る由もなく、情報を持つものだけが利するという闇の構図に終始するという暗黒の社会が形成されるわけです。
この現実を考えれば考えるほど「差別」と「監視」による不安は大きくなり、無限の精神的苦痛を感じます。但し、無限の精神的苦痛を「絵図で、数量で表せ」と言われれば、それは、全てのことがら、生きていられるうちは、危害を受容しているとは考え難いという判断に等しくなります。
憲法13条により保障されているプライバシーの権利(自己情報コントロール権)とは、直接的もしくは間接的、時差別的等の影響を受けない状況にあるということです。
「住民基本台帳ネットワークシステム」は明らかにプライバシーの権利を侵害します。
従って、私は、大阪高裁の本控訴審において、再度「ネットワーク」からの個人的離脱、さらに「ネットワーク」を廃止することを切に求めます。
2007年8月22日