海上の森を守る会
2002年07月14日
フォローアップ会議について
15日に開催されるフォローアップ会議について
以下の文章は、6月24日に「アセス市民の会」が博覧会協会に対して出した意見書の終章です。
「 冒頭にのべたように、経済産業大臣意見は、「環境大臣意見を尊重」することを求めているのであるから、博覧会協会は、これにしたがって速やかにゴンドラアセスの手続きに入るべきである。ゴンドラ設置は新規事業として行われるから、ゴンドラアセスについて「要領」の手続きを経由することを要すること、もちろんであり、ゴンドラについての実施計画書、準備書(これらについては住民意見、知事意見を要する)、評価書(これについては環境大臣意見、経済産業大臣意見が必要)という手続きをへて始めて万博の全体のアセスに合流することができると考えるべきである。
したがって、ゴンドラアセスについて上記の手続きが終わる前には、評価書(補正版)の確定・公告を行うべきではない。」
6月7日の経済産業省アセス評価委員会の駆け込み日程が終了するまでの経過から事態の推移を今回の意見書をもって見守り警鐘するということですが、この7日に私が評価委員会で発言したことから、事態が急変したとの認識を協会の皆さんがもたれていないように思われます。また、評価委員の皆さんも同じ見解であると考えられます。
7日の委員会開催前に原科氏と今回の修正評価書についてメールでの意見交換をしました。当日の委員会では原科氏は自説を主張することのみに労苦を費やさざるを得ない状況の下に、万博のもつ根源的な問題に言及できませんでした。私は今年に入り、協会に対してゴンドラ計画は中止するように警鐘してきました。この2年間、宇佐見氏をはじめとして、関係者がアセスの手順による環境配慮の徹底した調査を訴えてきました。しかし、協会は全く市民の「声」を無視して暴走を続けてきた訳です。そして、昨年10月15日、各市民団体に協会の決意書をご丁寧に配信しての見切り発車です。
市民運動がありながらどうして今回の事態になったかを考えた時、これは、見解の相違になりますが、万博検討委員会の功罪が挙げられます。これについては後日にしますが、行政からみた極当たり前の判断として、万博検討委員会の答申がでた地点で「正義」は行政に移行したわけです。功績については、原科氏もこれを認めていて評価書作成にこのことを付け加えることに固執した訳です。
行政に「正義」が移行したことは、今年の市長選でも完全に証明してみせています。また、今回の「意見広告の会」の予想を裏切ったことからもよく理解できます。
私が7日に評価委員会の終了際に傍聴席から発言したことを無視した、協会ならびに評価委員会は取り返しのつかない過ちを犯しました。私は原科氏に評価委員会の前日に、上之山町3丁目町内会の要求書を提示しています。
また、私の主張を説明しています。しかし、ご存知のように委員会において問題になりませんでした。評価委員は、経済産業省アセス評価のシステムを踏襲して、また、原科氏は自説を披露することに固執しました。
その結果、アセスに因って環境負荷をいかに低減させるか、また、環境破壊から人権無視に暴走し始めている計画に対しての考慮、ないしは、代替案をもってしての協議を放棄してしまいました。
この経済産業省アセス評価委員会の過ちは、委員、関係者を含めて極めて悪質な公序良俗に違反するものです。
「愛知万博」の公共事業としての公共性が疑わしい現実において人権無視を強行する権利は何人も持ってはいません。
意見書に戻りますが、「ゴンドラアセスの完了まで、修正評価書を公告すべきではありません」という運動スタンスでは、問題が解決しない状況にきていることを私達は考えています。
従って、これまで各市民団体の方が実践してきた運動とは異なった運動を実践していかなければならないと考えるに至りました。
先日7日に上之山町3丁目町内会住民総意で決定した、「ゴンドラ計画を白紙撤回すること」を真摯に受け止めれば、もはやアセスの実施云々の問題を超えた次元でのことであると考えるのが順当な判断です。私が協会に警鐘した、「ゴンドラ計画を中止せよ」が現実に証明された訳です。
「ゴンドラアセスの完了まで」というアセスのスタンスは、確かに変更ルートを含む代替案の比較検討を行うという意味においても実施しなければならないと思われますが、当初からの協会の態度から押し並べて現実が伴わないと考えて良いでしょう。
フォローアップ会議に要請します。
今回のフォローアップ会議において「ゴンドラ計画」について論議され協会から代替案についての見解を問い質して頂きたいと考えます。それは、上之山町3丁目の住民の方からも出ている要求書とも相通じる問題です。従って、住民説明会に準ずる具体的な回答ならびに提案を頂きたい。
岩 畑 正 行
Wind TWA
2002.7.12
以下の文章は、6月24日に「アセス市民の会」が博覧会協会に対して出した意見書の終章です。
「 冒頭にのべたように、経済産業大臣意見は、「環境大臣意見を尊重」することを求めているのであるから、博覧会協会は、これにしたがって速やかにゴンドラアセスの手続きに入るべきである。ゴンドラ設置は新規事業として行われるから、ゴンドラアセスについて「要領」の手続きを経由することを要すること、もちろんであり、ゴンドラについての実施計画書、準備書(これらについては住民意見、知事意見を要する)、評価書(これについては環境大臣意見、経済産業大臣意見が必要)という手続きをへて始めて万博の全体のアセスに合流することができると考えるべきである。
したがって、ゴンドラアセスについて上記の手続きが終わる前には、評価書(補正版)の確定・公告を行うべきではない。」
6月7日の経済産業省アセス評価委員会の駆け込み日程が終了するまでの経過から事態の推移を今回の意見書をもって見守り警鐘するということですが、この7日に私が評価委員会で発言したことから、事態が急変したとの認識を協会の皆さんがもたれていないように思われます。また、評価委員の皆さんも同じ見解であると考えられます。
7日の委員会開催前に原科氏と今回の修正評価書についてメールでの意見交換をしました。当日の委員会では原科氏は自説を主張することのみに労苦を費やさざるを得ない状況の下に、万博のもつ根源的な問題に言及できませんでした。私は今年に入り、協会に対してゴンドラ計画は中止するように警鐘してきました。この2年間、宇佐見氏をはじめとして、関係者がアセスの手順による環境配慮の徹底した調査を訴えてきました。しかし、協会は全く市民の「声」を無視して暴走を続けてきた訳です。そして、昨年10月15日、各市民団体に協会の決意書をご丁寧に配信しての見切り発車です。
市民運動がありながらどうして今回の事態になったかを考えた時、これは、見解の相違になりますが、万博検討委員会の功罪が挙げられます。これについては後日にしますが、行政からみた極当たり前の判断として、万博検討委員会の答申がでた地点で「正義」は行政に移行したわけです。功績については、原科氏もこれを認めていて評価書作成にこのことを付け加えることに固執した訳です。
行政に「正義」が移行したことは、今年の市長選でも完全に証明してみせています。また、今回の「意見広告の会」の予想を裏切ったことからもよく理解できます。
私が7日に評価委員会の終了際に傍聴席から発言したことを無視した、協会ならびに評価委員会は取り返しのつかない過ちを犯しました。私は原科氏に評価委員会の前日に、上之山町3丁目町内会の要求書を提示しています。
また、私の主張を説明しています。しかし、ご存知のように委員会において問題になりませんでした。評価委員は、経済産業省アセス評価のシステムを踏襲して、また、原科氏は自説を披露することに固執しました。
その結果、アセスに因って環境負荷をいかに低減させるか、また、環境破壊から人権無視に暴走し始めている計画に対しての考慮、ないしは、代替案をもってしての協議を放棄してしまいました。
この経済産業省アセス評価委員会の過ちは、委員、関係者を含めて極めて悪質な公序良俗に違反するものです。
「愛知万博」の公共事業としての公共性が疑わしい現実において人権無視を強行する権利は何人も持ってはいません。
意見書に戻りますが、「ゴンドラアセスの完了まで、修正評価書を公告すべきではありません」という運動スタンスでは、問題が解決しない状況にきていることを私達は考えています。
従って、これまで各市民団体の方が実践してきた運動とは異なった運動を実践していかなければならないと考えるに至りました。
先日7日に上之山町3丁目町内会住民総意で決定した、「ゴンドラ計画を白紙撤回すること」を真摯に受け止めれば、もはやアセスの実施云々の問題を超えた次元でのことであると考えるのが順当な判断です。私が協会に警鐘した、「ゴンドラ計画を中止せよ」が現実に証明された訳です。
「ゴンドラアセスの完了まで」というアセスのスタンスは、確かに変更ルートを含む代替案の比較検討を行うという意味においても実施しなければならないと思われますが、当初からの協会の態度から押し並べて現実が伴わないと考えて良いでしょう。
フォローアップ会議に要請します。
今回のフォローアップ会議において「ゴンドラ計画」について論議され協会から代替案についての見解を問い質して頂きたいと考えます。それは、上之山町3丁目の住民の方からも出ている要求書とも相通じる問題です。従って、住民説明会に準ずる具体的な回答ならびに提案を頂きたい。
岩 畑 正 行
Wind TWA
2002.7.12
2002年07月05日
「愛知万博」自然破壊から人権無視へ
「愛知万博」自然破壊から人権無視へ
暴走の極み ゴンドラ計画
(財)2005年日本国際博覧会協会 様
2002年6月3日
上之山町3丁目町内会会長
要求書
去る5月23日、当町内で行われたゴンドラ建設計画の説明のなかで、貴協会の示された案は以下の理由でとうてい納得できるものではありません。
理由
1. 保安林に鉄柱がたてられるため、保安林としての機能が低下する。
2. プライバシーが、長期にわたり侵害される。
3. 輸送手段として、ゴンドラを使わなければならない必要性がはっき
りしない。(集客のためなら、本末転倒。万博の中味を充実させるこ
とが、先決である。)
4. 155号線を挟んで鉄柱が建設されるため、工事用車両が増し、1
55号線の渋滞が深刻になり、住民生活に多大な影響を与える。
5. 過去に撤回された、名古屋瀬戸道路のルートと同一であり、
将来再び名古屋 瀬戸道路の建設につながる恐れがある。
6. ゴンドラを輸送手段のメインにするなら、追加アセスではなくきち
んとしたアセスを行うべきである。
以上の理由で、ここに改めて下記の要求をいたします
要求
1. 住民の意見を尊重し、輸送手段について再検討すること。
2. 5月23日の説明会で不明確な回答しかできなかった部分の、きち
とした回答を用意し、3回目の説明会を6月中に開くこと。
3. 住民合意が得られないまま、ゴンドラ計画を一方的に進めないこと。
尚、回答は6月14日までに文書にてお願いいたします。
暴走の極み ゴンドラ計画
(財)2005年日本国際博覧会協会 様
2002年6月3日
上之山町3丁目町内会会長
要求書
去る5月23日、当町内で行われたゴンドラ建設計画の説明のなかで、貴協会の示された案は以下の理由でとうてい納得できるものではありません。
理由
1. 保安林に鉄柱がたてられるため、保安林としての機能が低下する。
2. プライバシーが、長期にわたり侵害される。
3. 輸送手段として、ゴンドラを使わなければならない必要性がはっき
りしない。(集客のためなら、本末転倒。万博の中味を充実させるこ
とが、先決である。)
4. 155号線を挟んで鉄柱が建設されるため、工事用車両が増し、1
55号線の渋滞が深刻になり、住民生活に多大な影響を与える。
5. 過去に撤回された、名古屋瀬戸道路のルートと同一であり、
将来再び名古屋 瀬戸道路の建設につながる恐れがある。
6. ゴンドラを輸送手段のメインにするなら、追加アセスではなくきち
んとしたアセスを行うべきである。
以上の理由で、ここに改めて下記の要求をいたします
要求
1. 住民の意見を尊重し、輸送手段について再検討すること。
2. 5月23日の説明会で不明確な回答しかできなかった部分の、きち
とした回答を用意し、3回目の説明会を6月中に開くこと。
3. 住民合意が得られないまま、ゴンドラ計画を一方的に進めないこと。
尚、回答は6月14日までに文書にてお願いいたします。
2002年07月04日
「愛知万博」の大自然破壊と協会の偽証
愛知県企業課における自然大破壊は想像に絶するものがある。聞くも驚嘆、見るも無惨な物語である。
「愛知万博」は「海上の森」を舞台に自然破壊がクローズアップされたが、愛知県は「森」の破壊だけではなく、「海」の破壊、「中部国際新空港」の着工に踏み切ったのである。どちらが本命工事というのではなく、公共事業の典型的セット事業として位置付けられている。そして、これの隠れ蓑的に、「設楽ダム」の推進が行われた。全て2001年の同時進行である。
愛知県民なら周知している、県債3兆円にさらに借金を繰り返しての公共事業の実施政策は「貧すれば鈍する」の最たるものである。そして、これが物語る「海と森」の破壊は、失われる自然、増える借金、次世代への借金つけ回し、これからくる医療、福祉、教育の予算が減ることは誰もが理解できる。
自然破壊に伴うこれらの諸問題が明白すぎる事実にも拘らず、愛知県の公共事業は暴走し始めている。国の政であった万博ももはや過去の遺物でしかないことは自明の理である。「愛知万博」、「中部国際新空港」、「設楽ダム」の暴走を止める、もしくは軌道修正を促すには「国民の声」としての市民運動が必要である。そして、この原点に私達の運動がある。その一環として私達が日本国際博覧会協会に対して告発した意見書をここに掲載します。
2005年日本国際博覧会協会 殿
「2005年日本国際博覧会に係る環境影響評価書(案)」の縦覧にともない、意見を述べてくださいとの法的手続きですが、私は最終案の環境負荷についての意見を述べるつもりは全くありません。
現段階において、比較検討された「負荷低減」について論議することがどれだけ無駄なことかこの2年の歳月でよく解ったからです。平行線を辿ることを無視することも可能です。しかし、最後に一つだけ皆さんに知ってもらわねばならないことの為に敢えて、今回の環境影響評価書に関する事実を告発します。
1999年評価書段階の会場計画は完全に反故になり、2000年12月BIE登録の時点において計画は新しい開催場になった。この背景からとんでもないことが起こった訳です。
通産省の万博推進室がBIE登録は開催5年前に申請が必要であるとの虚偽の説明を自らの通産省万博アセス評価会に報告して、アセスの再実施を残念させたことです。この事実は1年以上経って、第7回評価会(2000年1月13日開催)の議事録から明らかになりました。
真実は3年前でよいとBIE幹部が明言して会場計画を再検討するように万博推進室に求めていたという。そして、現実は救い難いさらに度を越してあってはならない結末をつくってしまった。それはどういうことかと言えば、1999年秋の通産省幹部とBIE幹部の懇談内容を2000年1月14日に中日新聞が素っ破抜いていることです。
この新聞の告発に誰も耳を貸そうとしなかった現実にあってはならない民主主義の現実があるということです。
万博推進室の罪は万死に値するものですが、評価会自身もそれに準じます。説明を受けていなかったということは通らないからです。真実は、第7回評価会の翌日、周知の事実として公になっていたからです。再考はいつでも出来たはずです。それを知らなかったことの理由において拒否し続けた罪は、万博協会がアセスの再実施を頑なに拒否し続けたのと全く同じです。また、アセスを最も尊重しなければならない中央環境3団体も同罪です。厳密に言えば、アセスの最終権限である大臣意見即ち評価会の決断が、虚構の基に作られた今回の「環境影響評価書案」を国民の前に提示したことになります。これはどういうことか。国民を欺いて国の政を強行したという事実。「愛知万博」に付きまとう行政の汚点と、それを国の方針であり、真偽、善悪を取りあえず委ねてしまう国民性の再確認を招いたということです。
2年間の虚偽の時間は、行政と市民の乖離を止める時を刻むことなく、万博協会に不信を募らせる時間でしかなかった。結果的には全ての市民団体を万博反対の意思表示に変えてしまったといえるでしょう。後は工事推進という既成事実を積み重ねることによって市民の声を黙らせる、昔ながらの公共事業常套手段を展開するだけです。この仕組みのどこにアセスの理念、私達の意見が反映されるといえるのでしょう。
私は冒頭で述べたように、「修正評価書案」に対する意見を述べません。「修正評価書案」に携わった全ての関係者を告発します。済し崩しに既成事実ができ上がり、国民を納得させたと自己暗示に浸っていくだろうが、しかし、私は絶対に納得しないし、関係者であるあなた方を許しません。
以上から、日本国際博覧会協会全ての関係者の虚偽罪は明白になりました。従って、私の意見書は全国に遍くこの虚偽の「修正評価書案」を国民の皆さんに伝えることであると信じて速やかに実践することです。このことを確と申し述べて意見書と変えさせて頂きます。
岩 畑 正 行
W i n d TW A
「愛知万博」は「海上の森」を舞台に自然破壊がクローズアップされたが、愛知県は「森」の破壊だけではなく、「海」の破壊、「中部国際新空港」の着工に踏み切ったのである。どちらが本命工事というのではなく、公共事業の典型的セット事業として位置付けられている。そして、これの隠れ蓑的に、「設楽ダム」の推進が行われた。全て2001年の同時進行である。
愛知県民なら周知している、県債3兆円にさらに借金を繰り返しての公共事業の実施政策は「貧すれば鈍する」の最たるものである。そして、これが物語る「海と森」の破壊は、失われる自然、増える借金、次世代への借金つけ回し、これからくる医療、福祉、教育の予算が減ることは誰もが理解できる。
自然破壊に伴うこれらの諸問題が明白すぎる事実にも拘らず、愛知県の公共事業は暴走し始めている。国の政であった万博ももはや過去の遺物でしかないことは自明の理である。「愛知万博」、「中部国際新空港」、「設楽ダム」の暴走を止める、もしくは軌道修正を促すには「国民の声」としての市民運動が必要である。そして、この原点に私達の運動がある。その一環として私達が日本国際博覧会協会に対して告発した意見書をここに掲載します。
2005年日本国際博覧会協会 殿
「2005年日本国際博覧会に係る環境影響評価書(案)」の縦覧にともない、意見を述べてくださいとの法的手続きですが、私は最終案の環境負荷についての意見を述べるつもりは全くありません。
現段階において、比較検討された「負荷低減」について論議することがどれだけ無駄なことかこの2年の歳月でよく解ったからです。平行線を辿ることを無視することも可能です。しかし、最後に一つだけ皆さんに知ってもらわねばならないことの為に敢えて、今回の環境影響評価書に関する事実を告発します。
1999年評価書段階の会場計画は完全に反故になり、2000年12月BIE登録の時点において計画は新しい開催場になった。この背景からとんでもないことが起こった訳です。
通産省の万博推進室がBIE登録は開催5年前に申請が必要であるとの虚偽の説明を自らの通産省万博アセス評価会に報告して、アセスの再実施を残念させたことです。この事実は1年以上経って、第7回評価会(2000年1月13日開催)の議事録から明らかになりました。
真実は3年前でよいとBIE幹部が明言して会場計画を再検討するように万博推進室に求めていたという。そして、現実は救い難いさらに度を越してあってはならない結末をつくってしまった。それはどういうことかと言えば、1999年秋の通産省幹部とBIE幹部の懇談内容を2000年1月14日に中日新聞が素っ破抜いていることです。
この新聞の告発に誰も耳を貸そうとしなかった現実にあってはならない民主主義の現実があるということです。
万博推進室の罪は万死に値するものですが、評価会自身もそれに準じます。説明を受けていなかったということは通らないからです。真実は、第7回評価会の翌日、周知の事実として公になっていたからです。再考はいつでも出来たはずです。それを知らなかったことの理由において拒否し続けた罪は、万博協会がアセスの再実施を頑なに拒否し続けたのと全く同じです。また、アセスを最も尊重しなければならない中央環境3団体も同罪です。厳密に言えば、アセスの最終権限である大臣意見即ち評価会の決断が、虚構の基に作られた今回の「環境影響評価書案」を国民の前に提示したことになります。これはどういうことか。国民を欺いて国の政を強行したという事実。「愛知万博」に付きまとう行政の汚点と、それを国の方針であり、真偽、善悪を取りあえず委ねてしまう国民性の再確認を招いたということです。
2年間の虚偽の時間は、行政と市民の乖離を止める時を刻むことなく、万博協会に不信を募らせる時間でしかなかった。結果的には全ての市民団体を万博反対の意思表示に変えてしまったといえるでしょう。後は工事推進という既成事実を積み重ねることによって市民の声を黙らせる、昔ながらの公共事業常套手段を展開するだけです。この仕組みのどこにアセスの理念、私達の意見が反映されるといえるのでしょう。
私は冒頭で述べたように、「修正評価書案」に対する意見を述べません。「修正評価書案」に携わった全ての関係者を告発します。済し崩しに既成事実ができ上がり、国民を納得させたと自己暗示に浸っていくだろうが、しかし、私は絶対に納得しないし、関係者であるあなた方を許しません。
以上から、日本国際博覧会協会全ての関係者の虚偽罪は明白になりました。従って、私の意見書は全国に遍くこの虚偽の「修正評価書案」を国民の皆さんに伝えることであると信じて速やかに実践することです。このことを確と申し述べて意見書と変えさせて頂きます。
岩 畑 正 行
W i n d TW A
2002年06月15日
万博アセス 再審議の要請書
経済産業省環境影響評価会 殿
再審議の要請書
本日開催されるアセス評価会は、これまで行われてきた審議内容面において全く違う評価会であることは誰の目にも明白なことです。
特に、前回の修正評価書案にたいする環境大臣意見が公表されたことを受けて今回評価案をまとめると言う内容に至っていることは周知の事です。
先の修正評価書案に対する住民意見書が出てから堰を切った如く、委員会日程は、誰の目にも明らかな形式的なものでしかない。審議、審査から程遠いものです。
世界に日本の叡智を発信するとの「愛知万博」であったはずが、これでは、羞恥を発信することになりかねません。また、国民、子孫に対しても禍根を残す結果となります。
今回の評価委員会が特別であるもう一つの理由が、この3日に愛知県並びに万博協会に地元「上之山3丁目町内会」から要求書が出されたということです。万博開催地建設現場の住民の方からの抗議要求書が出されたのは今回が初めてです。この要求書は「ゴンドラ建設」について言及しているものですが、この意味するところは、万博アセス評価会にとって最大のアセス審議対象として取り組むことを再教示しています。この要求書を無視しての評価委員会は成り立ちません。完全な住民無視になるからです。
本日、町内会の要求書を各委員の方にお渡しすべく持参してきました。「ゴンドラ計画」についての要求書を厳粛に受け止めて頂き、改めて日程調整を行って頂き再審議をお願いします。
岩 畑 正 行
2002.6.7
再審議の要請書
本日開催されるアセス評価会は、これまで行われてきた審議内容面において全く違う評価会であることは誰の目にも明白なことです。
特に、前回の修正評価書案にたいする環境大臣意見が公表されたことを受けて今回評価案をまとめると言う内容に至っていることは周知の事です。
先の修正評価書案に対する住民意見書が出てから堰を切った如く、委員会日程は、誰の目にも明らかな形式的なものでしかない。審議、審査から程遠いものです。
世界に日本の叡智を発信するとの「愛知万博」であったはずが、これでは、羞恥を発信することになりかねません。また、国民、子孫に対しても禍根を残す結果となります。
今回の評価委員会が特別であるもう一つの理由が、この3日に愛知県並びに万博協会に地元「上之山3丁目町内会」から要求書が出されたということです。万博開催地建設現場の住民の方からの抗議要求書が出されたのは今回が初めてです。この要求書は「ゴンドラ建設」について言及しているものですが、この意味するところは、万博アセス評価会にとって最大のアセス審議対象として取り組むことを再教示しています。この要求書を無視しての評価委員会は成り立ちません。完全な住民無視になるからです。
本日、町内会の要求書を各委員の方にお渡しすべく持参してきました。「ゴンドラ計画」についての要求書を厳粛に受け止めて頂き、改めて日程調整を行って頂き再審議をお願いします。
岩 畑 正 行
2002.6.7
2001年10月08日
「海上の森」から反対の声
和歌山市から参加しました、岩畑です。「愛知万博」の問題について話してみたいと思います。その前に、丁度一年前10月7日、私の地元雑賀崎双子島荘で改革フォーラム総会後地元埋め立て反対の「雑賀崎の自然を守る会」と交流会を持って頂きました。関係者の皆さんにこの場をお借りして、改めてお礼を申し上げます。埋め立て凍結が発表されて1年1ヶ月になります。今のところ全く凍結状態で一先ず安心しております。
さて、万博問題ですが、本日は、私の後に地元で運動を続けられてきた各グループ代表の活動報告があります。従って、運動の経過、並びに協会との経緯等は省略させていただき、私は「海上の森を守る会」の会員として、9月2日に行われた、「海上の森を守る会」の総会決議について、報告させて頂きます。と言うのは、決議された声明こそが、今日の愛知県民の意志を主張しているものと確信するからです。
ご周知のように、昨年7月25日、各紙全国版において、「愛知万博」市民合意をえる、という一面での記事がでました。このマスコミの報道は、「愛知万博検討委員会」の結果を報道したものです。愛知県民、並びに国民が、愛知万博が開催されるんだと理解したのは当然です。また、多くの市民は「海上の森」が大幅に縮小され、市民グループの運動が実を結んだ結果だと評価した、と言うことです。
しかしながら、今日においても、問題があるのだ、この状態では、万博は認められない、と言う運動があるのは、当初から賛成ではないと言うことではなかったか。
市民参加による検討委員会が市民に誤解をもたらしたとしたら、これは、市民運動としては、非常に遺憾なことです。
しかし、万博NGOのパワーはこれでは終わらなかった。8月6日、愛知万博NGO集会「どうなった 愛知万博検討会議」が開かれる。そして、この集会において、市民団体は万博に合意していない、ことを決議する。その声は、「万博 ちょっとまて実行委員会」である。
問題は、万博反対ではない。「万博 ちょっとまて」である。万博は国の祭ごととして、知恵と努力を持って成し遂げなければならないと暗示させられている市民がいるからだと思う。だから、真っ向から反対してはいけないというわけもある。
しかし、今日の財政状況、並びに、主会場になった長久手町の地元住民の方の不安が現実のものとなっていくにつれ、やはり考え直す必要に迫られてきた。と言うのが現状だろう。
従って、各市民グループが共通して訴える課題が,アセスの実施と財政面における。事業責任の明白化であろう。
今後の運動についての展望であるが、よく、反対のビラを配っていて、市民から決まっているのにムリだろう と言う声を聞きます。
考えて見てください。私達、住民運動は、ほとんどと言って良いほど、行政が説明もなく決めた事業に対しての反対運動ではないですか。
それを、決まっているから駄目だろうと言う発想を植えつけたのが、役者が一枚上という行政である。即ち、市民参加による、審議会であるとか、検討委員会であるとか言う、行政の市民に対するマインドコントロールの成果を認めているようなものである。
民主主義違反であると言いたいわけです。
関西に同じ2005年竣工の公共事業があります。神戸空港建設です。この建設反対運動も住民投票条例が否決され、且つ市長選で敗北を経験しています。丁度2年前に着工され現在外周護岸工事が7割以上出来上がっています。既に、1000億円が投入されています。しかし、ここにきて、またもや反対運動が盛り上がりを見せています。丁度本日14日告示、28日投票の神戸市長選です。
「最後の建設中止のチャンス」と全力をあげて取り組むことを建設反対市民グループはアピールしています。運動は、何が引き金になって中止、凍結になるか分かりません。冒頭で報告した「雑賀崎埋め立て」の凍結ですが、これは、今回持ち上がった計画ではないのです。30年前から、県の企業誘致の為にじわじわと埋め立てが進められ、雑賀崎が最後の砦だった訳です。我が家の目の前の海が埋め立てられ、それも産業廃棄物投棄場になると言うのですから、当然力強い断固反対の運動になる訳です。
しかし、凍結には、政治的チャンスがあった訳です。推進の知事が病いに倒れそれに伴う知事選が行われ、また県民が以外に思った大阪府の副知事が当選、2ヶ月足らずで「雑賀崎沖埋立計画」の凍結を発表する訳です。何が引き金になるか解らない、だから、根気良く反対の声をあげ続けることが運動の原則と言えるでしょう。
話しを万博に戻します。「海上の森を守る会」は長い運動の経過を踏まえ、新たな状況に対し、運動の展望を9月2日の総会で議決しました。
現行計画へのアセスメントの実施を求める
万博事業の赤字になった場合の責任を明白にしておく
市民合意なき万博関連工事に反対する
以上が「海上の森を守る会」のこれからの運動方針であります。また、この運動方針に基づき、全国的に運動を展開していきたいと考えています。それが、今お手元に配布してある万博反対のビラです。今後とも、ご支援の程よろしくお願いしておきます。
さて、万博問題ですが、本日は、私の後に地元で運動を続けられてきた各グループ代表の活動報告があります。従って、運動の経過、並びに協会との経緯等は省略させていただき、私は「海上の森を守る会」の会員として、9月2日に行われた、「海上の森を守る会」の総会決議について、報告させて頂きます。と言うのは、決議された声明こそが、今日の愛知県民の意志を主張しているものと確信するからです。
ご周知のように、昨年7月25日、各紙全国版において、「愛知万博」市民合意をえる、という一面での記事がでました。このマスコミの報道は、「愛知万博検討委員会」の結果を報道したものです。愛知県民、並びに国民が、愛知万博が開催されるんだと理解したのは当然です。また、多くの市民は「海上の森」が大幅に縮小され、市民グループの運動が実を結んだ結果だと評価した、と言うことです。
しかしながら、今日においても、問題があるのだ、この状態では、万博は認められない、と言う運動があるのは、当初から賛成ではないと言うことではなかったか。
市民参加による検討委員会が市民に誤解をもたらしたとしたら、これは、市民運動としては、非常に遺憾なことです。
しかし、万博NGOのパワーはこれでは終わらなかった。8月6日、愛知万博NGO集会「どうなった 愛知万博検討会議」が開かれる。そして、この集会において、市民団体は万博に合意していない、ことを決議する。その声は、「万博 ちょっとまて実行委員会」である。
問題は、万博反対ではない。「万博 ちょっとまて」である。万博は国の祭ごととして、知恵と努力を持って成し遂げなければならないと暗示させられている市民がいるからだと思う。だから、真っ向から反対してはいけないというわけもある。
しかし、今日の財政状況、並びに、主会場になった長久手町の地元住民の方の不安が現実のものとなっていくにつれ、やはり考え直す必要に迫られてきた。と言うのが現状だろう。
従って、各市民グループが共通して訴える課題が,アセスの実施と財政面における。事業責任の明白化であろう。
今後の運動についての展望であるが、よく、反対のビラを配っていて、市民から決まっているのにムリだろう と言う声を聞きます。
考えて見てください。私達、住民運動は、ほとんどと言って良いほど、行政が説明もなく決めた事業に対しての反対運動ではないですか。
それを、決まっているから駄目だろうと言う発想を植えつけたのが、役者が一枚上という行政である。即ち、市民参加による、審議会であるとか、検討委員会であるとか言う、行政の市民に対するマインドコントロールの成果を認めているようなものである。
民主主義違反であると言いたいわけです。
関西に同じ2005年竣工の公共事業があります。神戸空港建設です。この建設反対運動も住民投票条例が否決され、且つ市長選で敗北を経験しています。丁度2年前に着工され現在外周護岸工事が7割以上出来上がっています。既に、1000億円が投入されています。しかし、ここにきて、またもや反対運動が盛り上がりを見せています。丁度本日14日告示、28日投票の神戸市長選です。
「最後の建設中止のチャンス」と全力をあげて取り組むことを建設反対市民グループはアピールしています。運動は、何が引き金になって中止、凍結になるか分かりません。冒頭で報告した「雑賀崎埋め立て」の凍結ですが、これは、今回持ち上がった計画ではないのです。30年前から、県の企業誘致の為にじわじわと埋め立てが進められ、雑賀崎が最後の砦だった訳です。我が家の目の前の海が埋め立てられ、それも産業廃棄物投棄場になると言うのですから、当然力強い断固反対の運動になる訳です。
しかし、凍結には、政治的チャンスがあった訳です。推進の知事が病いに倒れそれに伴う知事選が行われ、また県民が以外に思った大阪府の副知事が当選、2ヶ月足らずで「雑賀崎沖埋立計画」の凍結を発表する訳です。何が引き金になるか解らない、だから、根気良く反対の声をあげ続けることが運動の原則と言えるでしょう。
話しを万博に戻します。「海上の森を守る会」は長い運動の経過を踏まえ、新たな状況に対し、運動の展望を9月2日の総会で議決しました。
現行計画へのアセスメントの実施を求める
万博事業の赤字になった場合の責任を明白にしておく
市民合意なき万博関連工事に反対する
以上が「海上の森を守る会」のこれからの運動方針であります。また、この運動方針に基づき、全国的に運動を展開していきたいと考えています。それが、今お手元に配布してある万博反対のビラです。今後とも、ご支援の程よろしくお願いしておきます。
2001年09月21日
「海上の森」から「愛知万博反対」の声
「海上の森」での「愛知万博」反対運動が、盛り上がりをみせたその方向性に一応の終止符を打ったのが、昨年の7月24日「愛知万博検討委員会」での市民合意ができた、との結論であると思われる。「海上の森」での大幅な縮小と万博推進の判断である。少なくとも世間はそう受け止めた。当然決まったお題目に誰も関心を寄せないのが世間の常識である。
必然的にマスコミも食わなくなった。そして、市民は淡々とこの現実を受け入れた。その結果の最大の現れがこの春の名古屋市長選である。また、この現実はニュアンスを変えて全国的には、市民団体と環境保護3団体のお陰をもって「海上の森」が守られた。市民運動の勝利とまで囁かれるに至った。また、市民参加による「愛知万博検討委員会」の審議システムそのものもマスコミで大きく取り上げられ評価された。結果的には市民グループの参加が返って拙速的な結論を導かせたとも言えなくもないが。
しかし、各市民グループの運動はこれで終わった訳ではなかった。当初の万博計画があまりの大破壊を伴う事業に対しての拒否反応が運動の原初であった。時代の推移が深刻な財政問題をもたらし、全国で「公共事業の見直し」が叫ばれる昨今、万博事業の持つ社会的意義への評価倒れが余儀なくされてきたというのが今日的状況であると思われる。
昨年8月6日、愛知万博NGO集会「どうなった 愛知万博検討会議」が開かれる。この集会でマスコミが報道した「県民合意」に至る検討会議での模様が徹底的に検証される。この日の参加者60名から、「万博検討委員会」のあり方に対して厳しい批判が交わされる。その結果、代表検討委員6名のうち4名が〈合意せず〉の見解を表明する。この集会において「県民の合意が出来ていない」ことが公に確認できた特筆すべき集会となる。この時の決議案は2週間後に記者会見をもって、「愛知万博検討委員会」に参加した市民団体は〈万博に合意していない〉ことを表明すると言うものであった。
この時点から、「万博検討会議」に頼らない、新しい反対運動が模索され始めるが、万博NGOのパワーが集結するにはまだまだ時間を要した。しかし、9月29日の愛知万博NGO集会において万博反対を打ち出すグループを含む「実行委員会」が結成される。目標は「この2ヶ月間に集中した取り組みをしよう」というものであった。運動体の名称は「万博 ちょっとまて実行委員会」に決まった。
反対が言えなかった万博運動のジレンマ
「海上の森を守る会」の運動は非常に激しい運動を今日まで展開、「土地トラストの会」、ボーリング訴訟、アセス訴訟、住民監査請求と、万博協会に真っ向から対抗する運動を推進してきている。しかし、反対を「海上の森」から市民に発信することを躊躇っている経過が感じられなくもない運動の展開だったように思われる。他のどのグループよりも会員数において大所帯であるところから来る、万博に対する各自の温度差の違いがそうさせているのだろう。しかし、それだけではない理由もある。この理由が万博を考える運動の困難さを象徴しているものかも知れない。例えば、主会場になった長久手町地元が反対の運動に出ない地域特殊性の問題等がそれに当たる。
「海上の森」、長久手町、これは地元住民運動である。そして、愛知県・名古屋市の運動を市民運動という構図で捉えるとします。地元が反対の名乗りを上げない運動は極めて理念的な運動に陥りやすいのが常であるが、こと、「愛知万博」の運動に関しては、単純に2元論的に論じる訳にはいかない。問題の核心は、万博は国の祭り事、愛知県の悲願であって「愛知万博」の問題点をいかなる犠牲を払っても解決して執り行わなければならない催し事で、そこに人々の英知が結集される、自然との調和が実現されるという崇高なモラルを強要されている市民がいるということに尽きる。暗示に罹った市民がいるのではなく、それを暗に求めた市民がいる結果である。
だから、反対の声が前面に出ない運動が展開され、「万博検討委員会」においては問題の解決なき合意ができてしまう結果となったとも考えられる。しかし、昨今の深刻化した、国、地方自冶体の財政問題、民間企業の業績落ち込みは、希望的観測では払拭できないある種の不安を市民に抱かせるに至っている。そして、この現状を誰しも否定できない状況と認識せざるを得ないのが正直なところであろう。事実、今年の春以降、万博と真正面から対峙する反対の声が各グループで起こってきた。万博の問題が熟成されてきたのである。
9月2日、「海上の森を守る会」の総会が開かれた。今後の課題として、「万博反対の活動について」が決議され、白熱した議論が交わされた。また、隣の主会場になっている長久手の2団体の方々との意見交換も行った。共通した最大の問題点は自然破壊が著しいということであった。縮小された筈の「海上の森」での計画利用地が一番の自然保護の対象とすべき希少種の宝庫である。また、青少年公園の拡張は、希少種の生態系を全く無視した計画であるにも拘らず、青少年公園地区での環境アセスメントが実施されていない。この現実が行政の迷走する暴挙そのものであり、私達を驚愕させる。中央環境3団体は何を血迷っているのか、その意図を測り知ることはできない。
各グループの反対を訴える共通した課題
◎ 現行計画への環境アセスメントの実施を求める
◎ 万博事業の赤字責任の明白化
◎ 市民合意なき万博強行、関連工事に反対する
最後に反対運動の展望について
公共事業見直し運動の政治的決戦で類似した経過を辿っている建設反対運動に「神戸空港」問題がある。類似したと記したのは、住民投票条例請求が否決され、且つ市長選で敗北という政治対決を共に経験しているからである。
ご承知のように、工事は2年まえに着工され外周護岸の7割ができ年内の埋め立て工事に着手する見通しになっている。しかし、反対運動がまたもや盛り上がりを見せている。10月の神戸市長選である。建設反対市民グループは、「最後の建設中止のチャンス」と位置づけ全力を挙げて取り組むことを抗議アピールしている。
たとえ工事が着工されても問題の取り組みを弛めることなく反対運動を根気良く続けることが、展望を切り開いていくと信じての運動と思われる。また、市民運動は何時からではなく、いつも今からが運動であるという原点を忘れることなく立ち上がることが、地域における住民運動であることを教えられる。その意味で、今回の「海上の森を守る会」が新たな反対運動を繰り広げることは非常に意義がある。
21世紀冒頭、愛知県の市民・住民運動が、「愛知万博」、「中部国際新空港」、「設楽ダム」と3大公共事業のひとつも止めることができなかったとしたら、次世代に継承すべき何の理念も持たないことを市民が証明したことになるだろう。また、愛知行政は、今日の最大課題である環境配慮、公共事業見直しを全く考慮しなかった廉で後世に語り継がれる汚点を残すだろう。
市民である皆さん、ここは正念場である。
岩畑正行
必然的にマスコミも食わなくなった。そして、市民は淡々とこの現実を受け入れた。その結果の最大の現れがこの春の名古屋市長選である。また、この現実はニュアンスを変えて全国的には、市民団体と環境保護3団体のお陰をもって「海上の森」が守られた。市民運動の勝利とまで囁かれるに至った。また、市民参加による「愛知万博検討委員会」の審議システムそのものもマスコミで大きく取り上げられ評価された。結果的には市民グループの参加が返って拙速的な結論を導かせたとも言えなくもないが。
しかし、各市民グループの運動はこれで終わった訳ではなかった。当初の万博計画があまりの大破壊を伴う事業に対しての拒否反応が運動の原初であった。時代の推移が深刻な財政問題をもたらし、全国で「公共事業の見直し」が叫ばれる昨今、万博事業の持つ社会的意義への評価倒れが余儀なくされてきたというのが今日的状況であると思われる。
昨年8月6日、愛知万博NGO集会「どうなった 愛知万博検討会議」が開かれる。この集会でマスコミが報道した「県民合意」に至る検討会議での模様が徹底的に検証される。この日の参加者60名から、「万博検討委員会」のあり方に対して厳しい批判が交わされる。その結果、代表検討委員6名のうち4名が〈合意せず〉の見解を表明する。この集会において「県民の合意が出来ていない」ことが公に確認できた特筆すべき集会となる。この時の決議案は2週間後に記者会見をもって、「愛知万博検討委員会」に参加した市民団体は〈万博に合意していない〉ことを表明すると言うものであった。
この時点から、「万博検討会議」に頼らない、新しい反対運動が模索され始めるが、万博NGOのパワーが集結するにはまだまだ時間を要した。しかし、9月29日の愛知万博NGO集会において万博反対を打ち出すグループを含む「実行委員会」が結成される。目標は「この2ヶ月間に集中した取り組みをしよう」というものであった。運動体の名称は「万博 ちょっとまて実行委員会」に決まった。
反対が言えなかった万博運動のジレンマ
「海上の森を守る会」の運動は非常に激しい運動を今日まで展開、「土地トラストの会」、ボーリング訴訟、アセス訴訟、住民監査請求と、万博協会に真っ向から対抗する運動を推進してきている。しかし、反対を「海上の森」から市民に発信することを躊躇っている経過が感じられなくもない運動の展開だったように思われる。他のどのグループよりも会員数において大所帯であるところから来る、万博に対する各自の温度差の違いがそうさせているのだろう。しかし、それだけではない理由もある。この理由が万博を考える運動の困難さを象徴しているものかも知れない。例えば、主会場になった長久手町地元が反対の運動に出ない地域特殊性の問題等がそれに当たる。
「海上の森」、長久手町、これは地元住民運動である。そして、愛知県・名古屋市の運動を市民運動という構図で捉えるとします。地元が反対の名乗りを上げない運動は極めて理念的な運動に陥りやすいのが常であるが、こと、「愛知万博」の運動に関しては、単純に2元論的に論じる訳にはいかない。問題の核心は、万博は国の祭り事、愛知県の悲願であって「愛知万博」の問題点をいかなる犠牲を払っても解決して執り行わなければならない催し事で、そこに人々の英知が結集される、自然との調和が実現されるという崇高なモラルを強要されている市民がいるということに尽きる。暗示に罹った市民がいるのではなく、それを暗に求めた市民がいる結果である。
だから、反対の声が前面に出ない運動が展開され、「万博検討委員会」においては問題の解決なき合意ができてしまう結果となったとも考えられる。しかし、昨今の深刻化した、国、地方自冶体の財政問題、民間企業の業績落ち込みは、希望的観測では払拭できないある種の不安を市民に抱かせるに至っている。そして、この現状を誰しも否定できない状況と認識せざるを得ないのが正直なところであろう。事実、今年の春以降、万博と真正面から対峙する反対の声が各グループで起こってきた。万博の問題が熟成されてきたのである。
9月2日、「海上の森を守る会」の総会が開かれた。今後の課題として、「万博反対の活動について」が決議され、白熱した議論が交わされた。また、隣の主会場になっている長久手の2団体の方々との意見交換も行った。共通した最大の問題点は自然破壊が著しいということであった。縮小された筈の「海上の森」での計画利用地が一番の自然保護の対象とすべき希少種の宝庫である。また、青少年公園の拡張は、希少種の生態系を全く無視した計画であるにも拘らず、青少年公園地区での環境アセスメントが実施されていない。この現実が行政の迷走する暴挙そのものであり、私達を驚愕させる。中央環境3団体は何を血迷っているのか、その意図を測り知ることはできない。
各グループの反対を訴える共通した課題
◎ 現行計画への環境アセスメントの実施を求める
◎ 万博事業の赤字責任の明白化
◎ 市民合意なき万博強行、関連工事に反対する
最後に反対運動の展望について
公共事業見直し運動の政治的決戦で類似した経過を辿っている建設反対運動に「神戸空港」問題がある。類似したと記したのは、住民投票条例請求が否決され、且つ市長選で敗北という政治対決を共に経験しているからである。
ご承知のように、工事は2年まえに着工され外周護岸の7割ができ年内の埋め立て工事に着手する見通しになっている。しかし、反対運動がまたもや盛り上がりを見せている。10月の神戸市長選である。建設反対市民グループは、「最後の建設中止のチャンス」と位置づけ全力を挙げて取り組むことを抗議アピールしている。
たとえ工事が着工されても問題の取り組みを弛めることなく反対運動を根気良く続けることが、展望を切り開いていくと信じての運動と思われる。また、市民運動は何時からではなく、いつも今からが運動であるという原点を忘れることなく立ち上がることが、地域における住民運動であることを教えられる。その意味で、今回の「海上の森を守る会」が新たな反対運動を繰り広げることは非常に意義がある。
21世紀冒頭、愛知県の市民・住民運動が、「愛知万博」、「中部国際新空港」、「設楽ダム」と3大公共事業のひとつも止めることができなかったとしたら、次世代に継承すべき何の理念も持たないことを市民が証明したことになるだろう。また、愛知行政は、今日の最大課題である環境配慮、公共事業見直しを全く考慮しなかった廉で後世に語り継がれる汚点を残すだろう。
市民である皆さん、ここは正念場である。
岩畑正行